「それ、迷惑じゃないよ!」障がい者や社会的弱者を理解しよう。

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こんにちは、sally です。

障害のある人を自ら手伝うって、少し勇気がいりますよね。
どこまで、手伝っていいのか?とか、そもそも手伝っていいのか?とか。

 

sally
sally

私は自閉症の我が子達に、積極的に「手伝って」と言いやすい環境を作っています。
自分が出来ない事を「手伝ってもらう事」や、困っている人に「手伝ってあげる事」は、当たり前のことだと教えたいから。
そんなの「迷惑」でもなんでもないです。

 

皆さんは、本当は手伝ってほしいけれど「頼んだら迷惑かな~」と思って何も言い出せなかった経験ってないでしょうか?

ちょっとした事や、本当に困っている時など、頼ればいいのに「迷惑がかかってしまうから」と、躊躇してしまう人も多くないでしょうか。

私もそんな風に思う事あります。
でも、その考え「捨てた方がいいかな~」と自閉症児を2人育てながら思う様になりました。

 

だって、常々誰かのサポートが必要な「障がいのある人」は、「人に迷惑をかけて申し訳ない」と思って生きていかないといけないのでしょうか。

そんなの可哀そうすぎる。

「人は迷惑をかけあうものだ」という事や「だからこそ、困った時は助け合う」という事を理解する気持ちは、障がいのある人との境界線を薄くし、理解しあう事に繋がるんですよ。

障がい者や社会的弱者との、境界線をなくしていこう

障がい者と定型発達者の間には何だか境界線があるみたいですよね。

「障害のある人や社会的弱者の人に手を差し伸べる事」に抵抗を感じてしまう人。
抵抗があったり、苦手意識がある人は、そもそも何も分からないから、不安なんではないでしょうか。

障害のある人も同じだと思います。
この人は、自分の要求に嫌な顔せずに答えてくれる人なのか。
「手伝ってください」と言ったら迷惑なのか。

色々心配なのは誰も同じ。

でも、困った時は誰かに頼る。
でもその代わりに、誰かが困っていたら、その迷惑も許してあげよう!では、ダメなのでしょうか?

そうじゃないと、社会的弱者がどんどん生きづらい世の中になってしまいます。

社会的弱者は、障がいのある人だけではありません。
介護の必要な人は、独居老人、シングルマザー、生活保護受給者の人たちも、社会的に弱者にあたるでしょう。
子供も、社会的な弱者でしょう。もっと視野を広げればペットも。

実は、そんな社会的弱者の人は、存在そのものが生きる価値であったり、経済をまわす存在であったりします。
既に、存在そのものが、社会貢献しています。

それは一体どういう事でしょうか?

社会的弱者は、人の役に立っているのか?

先ほど、「社会的弱者は、既に、存在そのものが、社会貢献しています。」と書きました。

それでは、障がい者や社会的弱者の人は、どういったところで社会貢献しているのでしょうか。

私達も、彼らの存在が社会貢献そのものであると分かれば「手伝ってあげる」と言う意識ではなく「助け合い」という考えへ、思考がかわっていかないかな~と思うので、何個か例を挙げていきます。

社会に影響を与える側として役に立つ

私は、社会的弱者の人って、存在そのものが凄いと思うんです。
「存在の発信力」が強いというか。

では、なぜ弱い存在として扱われ、彼らが生き辛さを感じているのかと言うと…。
定型発達の人が生きやすい社会に、順応しようとしているからではないでしょうか。

自分達は、社会的メッセージが強い存在だと、理解されているからではないでしょうか。

 

例をあげましょう。
テレビでタレントとして活動している同性愛者の方々。
彼らは、マイノリティであるのにも関わらず、とても楽しく見えます。

しかし、その一方で、大人になってもカミングアウト出来ず、苦しんでいる人も沢山いる。カミングアウトしても、生きづらい人も沢山いる。

きっと、同性愛者の人たちは自分が周りと違うと感じた時から、想像を超えた苦しみを抱え成長してきたはず。

そんな彼らの、生き方の差は何でしょうか。
マイノリティなのに、弱者と強者に見えるのは何故でしょうか。

性格や、鈍感力などではないと思います。
自分達の、存在意義や社会的メッセージ性を理解し、他人の目線や否定的な意見にも心を強く持ち、生きているからでしょう。

「社会に順応」する事を辞めて、他人の目線を気にせず強く生きているからです。

これは、「五体不満足」の著書の乙武さんにも言えるはずです。
周りと同じ生活をしようとしたのでは、生き辛い過ぎる。


彼も、自分の社会的影響力を理解したうえで、同じ立場の人の生活を少しでも良くしようと本を書いたりされているはず。

本来、マイノリティ(社会的弱者)の人たちは、社会におけるメッセージ力が強いのです。
その強さは、弱者も含め多くの人に生きる勇気を与えます。

 

sally
sally

そもそも、「国民の一部の人が困っている」という問題自体が、世の中を改善してくのだから、発信させてあげないとと思います。

福祉の支援者の役に立つ

障害のある人限定になりますが、障がいのある人が社会に出ると、就労支援移行で福祉事業所で働く事になります。

そこで、働く事を意味するのは労働者としてだけではありません。
「労働者」と「福祉サービスの利用者」という二つの顔をもつことになります。

その割合は1:9くらいだと思っています。

酷い言い方に聞こえるかもしれませんが、その労働は、福祉サービス提供の為に準備された仕事の場合も多いです。

そう思うと、彼らは「労働者」の即戦力として存在しているというよりは、利用者である存在意義の方が大きいのではないでしょうか?

何が言いたいかと言うと、障がい者が就労移行支援をしている時点で、その施設に居る人たちの給料に貢献しているという事です。

支援員が、障がい者をサポートしている様で、実は福祉サービスを提供して支援者の生活の支えとなっているのは障がい者です。

立場は平等です。
障がい者がいなくなれば、支援者の仕事がなくなる。支援者がいなくなれば障がい者は自立の場をうしなう。

sally
sally

だから、そういった場で、障がい者が一方的に弱者となり、助けてもらう側に徹するのも変な話だなと、sallyは思っています。

 

人手不足に役立つ

日本は極限の人手不足に向っています。
ロボットに支援してもらわないと、間に合わないくらいだと思う。

でも、実は稼いでないだけで、まだまだ社会に貢献できる人は沢山いるんです。

・1日8時間は無理だけど、時間を工面すれば数時間は働ける主婦
・定年は迎えたけど、まだまだ人として誰かの役に立ちたい高齢者
誰かのサポートさえあれば、社会進出も可能な障がい者
・引きこもってはいるけれど、誰かと繋がりたい社会人

この人たちが、労働者の即戦力となれていないのは、求人条件が一方的な事と、知識も経験も充分なのに初心者として扱われる事。

1日8時間働けて、休日出勤、残業、出張がいつでも可能な人のみが「労働の即戦力」とされているから、即戦力になれるのになれてない人が、ワンサカいます。

sally
sally

特にワンオペ主婦なんて、子どもの話を聞いたり様子を見ながら、自分の事も、家の事も、子どもの事も、時間内に熟す努力を日々つちかっているのだから、スキルはかなり高いと思う。

世の中の労働の仕組みさえ変われば、生活弱者だって、どんどん社会進出できるはず。
環境を整備する必要はありますが、それくらい今の世の中だったら頑張れば出来そうです。

正社員=フルタイム勤務って考えるけど、一日6時間で週3日働く事で、フルタイムの人と同じ労働量を熟したり、同じ金額を稼ぎ出すことが出来るのなら、それは正社員以上なのでは…??

障がい者=低賃金
パートタイム=リーダーシップなし
正社員=キャリア職員
sally
sally

そんな固定概念が崩れないから、労働が変わっていかないの!
頭かたすぎ!

まとめ

ごちゃごちゃ書きましたが、何が言いたいかと言うと…。

日本は「人様に、迷惑をかけないように!」と小さい頃から、それが一般常識だとなっているかのように育てられます。

でも、迷惑を掛けない様に生きる世の中なんて苦しすぎる。
生きていると、必ず誰かに迷惑をかけてしまうものです。

でも、それはわざとじゃない。
だから、お互い様という事。
助け合うという事は、足りない所を補う誰かを探すという事でもあります。

だから、迷惑を「悪いもの」と据えるのではなく、迷惑は「許してあげるもの」として生きていけば、どんな人も結構生きるのが楽になると思います。

でも長年培われた、伝統ともいえる日本人の思考を変えるのはとても時間がかかります。

だから、自分たち個人で出来る事はなんなのか考えてみましょう~。



 

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