日本人は我慢し過ぎ、もっと優雅に子育てを。

子供達の事

こんにちは、sallyです!

   

日本人って我慢し過ぎですよね。
そう思った事はないですか??

   

私は「日本人って我慢し過ぎ」とずっと思っています。
そして、我慢って体に悪いのに「我慢は美徳」と思っている人までいます。

だから、私は出来れば「我慢」を子供に教えたくない。

  

えええええええ!!!!

   

とか思われそうですが、結構本気で思っていて「我慢」のほかに「強要」も苦手です。

   

だから、我慢を辞めて「好きか嫌いか」で物事を選ぶようになってから、家族も笑顔が増えたし、周りに集まってくる人も素敵な人ばかりになったのでそういった思考を記事にしていきたいと思います。

   

「そんなの我儘」という人も出てきそうです。

今回は「我慢」について深堀していきたいと思います。

親として、子どもに教えたくない事、それは「我慢」

小さい頃から「我慢しなさい」って言われてきませんでしたか?

   

私は、沢山言われてきました。

  • 学びたい事を学べないから「学校に行きたくない」と言った時
  • 大企業に就職できたが「あれ?ちょっと変?」と思い仕事辞めたいと言った時
  • 結婚したくないと思っていた時
  • 豪から日本に帰国したくない時
  • 離婚したいと決断した時

   

「我慢がたりない」「我慢しなさい」「みんな我慢してがんばってるのよ」

   

言われたとおりに「我慢」を少しはしてきましたが、結局は「言われたとおりに我慢してきたから、人生がより良い方向にむかったよ~」という事はありませんでした。

    
むしろ反対で「親や上司の言うとおりにがまんしたのに、こんな結末になるなんて…」って事ばかりでした。

  

逆に、周りに何と言われ様とも、自分で我慢せずやってきたことに対して進めると、たとえそれが求めていた結果でなくとも納得し、また新しい生き方を生産していく事が出来ました。

   

「我慢」って必要ですか?
私は、我が子に我慢を強要したくありません。

フランスには我慢と言う言葉がない

フランスには「我慢」と言う言葉がないそうです。

フランス語では「がまん」にあたる言葉がありません。
わがままと言われることもありますが、わがままなのではなく「自由な生き方をしている」のです。
…中略…
和を尊ぶあまり自分の言いたいことをがまんするのは身体のためによくありません。がまんしすぎるとうつっぽくなり、健康のためにもよくない。
胃や肝臓を壊すまでストレスをためている人もいますが「どうしてそんな風になるまでがまんしたの?」と、歯がゆくなります。

組織のために、嫌な仕事も嫌な上司のパワハラやセクハラもがまん。
その場の雰囲気を壊さないためにがまん。
結婚生活がうまくいかなくても、セックスレスになっても、家庭生活を維持するためにがまん。
親のため、子どものためにがまん。
将来のために今はがまん。
がまん、がまん、がまん・・・・・!

なぜそんなにがまんしなければいけないの?
私は自分ががまんするような事態に陥ったらコミュニケーションをとって解決しようと試みます。フランス人ははっきり意思表示をします。そうしなければ、相手にも意志がつたわりません。
引用:好きなことだけで生きる ドラ・トーザン  (著)


   

ほんとうですよね、我慢は身体によくない。
みんなわかっているのに、世の中は「我慢を美徳」として扱っている所が未だに多すぎる。

   

実体験を一つ例を挙げましょう。
私は、平成の就職難の時代に「安定している大企業」と言われるところに新卒採用されました。

入社早々、その職場には何も魅力を感じる事はありません。
昇進する為には、上司に気に入られる必要もある。まさに上司の為のスキルアップが求められる会社でした。
成果主義と言う言葉はなく、年功序列と言う言葉がぴったり。

  

何度も辞めようと思いましたが、そのたびに周りに「もう少し我慢したら?」と止められます。
結果、7年がんばりましたが、退職。
その時の上司や同僚の「ここを辞めたら、外の世界は怖いぞ」という雰囲気がすごかったです。
実際「外の世界」は素晴らしかったです。

   

退職時には、みんなに盛大に飲み会や、いろんなサプライズを貰いました。
しかし、なんとなーく「sallyは我慢が出来なかったひと」という印象で終わっていく雰囲気がどこかしら残っていました。

我慢の努力??

こうした風潮の裏には「我慢=美徳」という古くからの日本文化があるからでしょう。

  

もちろん「我慢=美徳」のに繋がる事だってあります。
東日本大震災の際に、日本人が配給やトイレの長蛇の列を文句も言わずに並んで待てたのは、そうした文化があったからこそだと思います。

   

でも、なんでもかんでも、「我慢=美徳」とされてしまっては、自分のやりたい事を口にする事も許されない風潮に切り替わってしまっている時があります。
   

そして、ストレスが溜まり、体が壊れる程嫌な事でも我慢しないといけない。
それを絶えれないなら「我慢の努力がたりない」と認識がすり替わってしまっています。

   

一体何なの??

  

人の人生を何だと思っているんだろう?と言ったレベルです。

ストレスからは逃げても大丈夫。


沢山の我慢を重ねた結果、沢山の大事な時間を「やりたくない事」で消費してしまいました。

   

なぜ行動できなかったのか?
他人の目線、親の反論、世間体…そういったしがらみが、私をがんじがらめにしていました。

   

なので、これを読んでくれた人に言いたい。
嫌な事は我慢する必要はありません。尊敬出来ない人にペコペコしたり、人として尊重されない惨めさまでもがまんと共に抱えて生きていかないといけないなんて、ちょっと次世代に持ち越してほしくない風習です。

   

「そんな時間あったら、好きな事に時間を費やしなさいね」ってアドバイスしてあげれるお母さんでありたいです。

私だったら、愚痴や不満を漏らしてばかりいる人生。
もう二度と経験したくないです。

学べるものが少ないなら、環境はどんどん変えていく事

自分が笑顔になれる環境、自分をスキルアップしていける場所へ「次、次、つぎ~」と、どんどん突き進んでいきましょう。

  

嫌な場所なんて、人生の通過点にしかすぎません。
そこに長くいる必要があるのかどうか?
そこで、学び取れるものがあるのかどうか??

   

「居る意味のない場所、心地よくない場所、苦しい場所」
そんなに苦しいのに、学べるものすらないなんている意味がありません。

   

それなら、楽しい事をやりましょう。
自分がやってみたい事をやりましょう。
   

楽しい事を突き詰めていたら、新しい学びに出会う。
学ぶことで更に成長する。
成長したら、新しい学びに出会い、また環境を変える。

  

良い環境でも、我慢を強いられる程わるい環境でも、環境を変えていくというのは本当は素敵な事です。

   

だれかの人生じゃなくて、自分の人生を生きる為にきちんと考えましょう。

まとめ

我慢は美徳ではありません。

「我慢の為の努力」「未来のために我慢」って、なんの価値があるの?
体や心を壊すくらいなら、さっさと新しい事にチャレンジして、少しでも多く笑える人生を手に入れましょう。

  

そして自分の為に人生を生きましょう。

今日はここまで!