【インクルーシブ教育】体験談から思う、課題と解決策

子供達の事

こんにちは、sallyです。

sally
この記事を書いている私は、自閉症児2人を育てるシングルマザーです。

・小学校5年生の特別支援学校の女の子
・小学校3年生の特別支援学級の男の子。

なにものでもない、普通のお母さんですが、また大それたテーマを持ってきてしまいました。

でも、実際に自閉症児を一人で育てながら、色んな環境や色んな場所、人に関わらせてもらって思うんですよ。

インクルーシブ教育って、結構聞くようになったけど、まだまだ浸透してない。
浸透してないというよりは、機能していない。

実は、我が子達二人もインクルーシブ教育を取り入れた幼稚園に通っていて、その時に多くの助けの恩恵に授かったにも関わらず、なんだかな~と思う事も沢山ありました。

で、今日は日本へのインクルーシブ教育の導入ってむずかしくない?!って話をしたくて、筆を執りました!
さっそく行ってみましょう。

インクルーシブ教育は、日本じゃ簡単に浸透しない

インクルーシブ教育とは

障がいのある子もない子も共に教育を受けよう!という考え方で「共生社会の実現」に向けて貢献しようという制度です。
その共生社会の為に、次の3つを主張しています。

  1. 障害者が一般的な教育制度から排除されないこと
  2. 自分が生活している地域で初等中等教育の機会が与えられること
  3. 個々人に必要な合理的配慮が提供されること

インクルーシブ教育って、要はどんな人も「ここに居て当たり前なんだよ~」って考えでして、「ここにいるのが難しいのなら、サポートしてあげなくっちゃね」って考えなんです。

うちの娘と息子はインクルーシブ導入の幼稚園へ通った

実際に娘と息子が通った幼稚園はインクルーシブ教育導入を謳っていて(当時、うちの自治体では珍しい)、1クラスに20~25人の定型発達児と、5人の障がいを抱える子が混在。

大人は担任が一人(年少の時だけ副担任あり)と、支援児に対する加配の職員が5人の計6人。

障がいのある子には、1対1で大人が関わっているという形です。

周囲からは「助かるね~」「すごいね、最先端だね~」と、当時は言われていました。 

確かに助かってはいました!
助かる以外、なにものでもないですが…

反対に、なぜか排除された感じや孤独感も感じていました。

私達が受けたインクルーシブ

なんで、孤独感を感じたのかを数年経過した今、冷静に考えてみました。

多分、自閉症の娘や息子を特別に加配の教員をつけて、同じ教室に居させてあげるって考え方が根付いていた気がするんですよね。

でも本来のインクルーシブ教育っていうのは「本当は、ここに居て当たり前の子、その子が居辛いのならサポートが必要だね」という据え方のはずなんです。

何で一歩踏み違えたのか?

上述した、ちょっと自閉症児とその親を孤独風にしてしまうインクルーシブは、どこでボタンを掛け違えたのか…。

それは、日本に根付いた古い風習や考えだと思うんです。

日本人は「えこひいき」と「サポート」の違いが分かってない人が沢山います。

えこひいきは良くない事とか、えこひいきしたら平等じゃないとか思ってる人が未だに多い。

でも、障害のある子に与えるサポートはえこひいきとは全く違います。
みんながこのクラスに一緒に心地よく過ごせるためにサポートを提供する。

それは、えこひいきとは全く違うのにな~と思っています。

例えば、海水浴に行くときに日焼けしやすい人と日焼けしにくい人がいる。
日焼けしにくい人にはラッシュガードやサングラスをつけてもいいって考えはえこひいきでも何でもないサポートですよね。

そして、もうひとつの排除感…

そして、もう一つ自閉症ファミリーをこどくにしてしまう、だれも悪気はない風習があるんです…

それは「障がいのあるうちの子を、特別ご招待」みたいな根強い考えがどこかしらに合ったんです。
本当、だれにも悪気はないんですけれどね。

「だれでもおいでよ~!インド人も、キリスト教も、自閉症児も、孤児の子も、みんな一緒に遊ぼうよ~」みたいな雰囲気はまだなかったです。

それを実現したいのが、インクルーシブのはずなんだけどな…。

私は、インクルーシブ教育はこうやったら浸透するとか、ここが間違ってるって指摘するわけじゃありません。

新しい制度が、浸透するには時間が必要なんだよねと思っています。
でも、出来るだけ早く実現していこうよ~とも思っています。

これからのインクルーシブ教育

もう一度おさらいしましょう。

障がいのある子にとってインクルーシブとは
定型発達の子達に混ざる事でコミュニケーションスキルや社会性の向上が期待できる。
定型発達の子にとってインクルーシブとは
障がいのある子と自分達を分けて考えたりしない(ネガティブな意識の改革)が出来るようになることを期待されています。

インクルーシブ教育はいわば、これからやってくるであろう、日本の国際化への架け橋的役割。
人種や文化の多様性を受け入れないといけない、ダイバーシティへの大事なきっかけでもあります。

人種の多様化は受け入れたいけど、個性の多様化は受け入れがたい

外国の人や、異文化が入り混じる事に期待する声は多いんですよね。

でも、「障がいも個性」と、捉えてくれる人はまだまだ少ない。

その事を批判しているわけじゃないんです。
きっとそれは、障がいに関わってこなかったからという事と、障がいに関する知識を学ぶチャンスがあまりにもない状態で大人になってしまったから。

そういう環境で大人になってしまえば、障がいのある人に手を差し伸べていいのかどうか分からない。
または、どう差し伸べればいいのか分からない。

要は、知識が無いために障がいを抱えた人を「かわいそうな人」「出来ない人」としてとらえてしまいがちです。

そうした考えや風習が、支援者の中でも無意識のうちに残存しているという事が、インクルーシブが浸透しない要因なのではないかな~と思っています。

みんな、同じクラスに在籍して完了~!は、勘弁~

インクルーシブには、私も賛成なんですが「みんな同じクラスに入れて、加配の先生付けて完了~」とだけはしないで欲しいという事。

なぜなら、そういう体験結構あったんです。

「ついていけないようなので、この行事には参加を控えて貰えますか?」とか「今回は参加が難しいようです」なんて言われてしまう事も結構あって、それって子どもにとっても親にとっても辛いものなんです。

もちろん、宣告する方も胃が痛いくらい辛いと思います。
でも、宣告された側も相当なもの。

だから、インクルーシブ制度の導入が結果として辛いものにならない様にしてほしいですよね。
出来ない子に対して「それじゃあ、どんな工夫をすればいいのかを考えましょう」って次の一手を考える事が重要です。

世の中の多様性受け入れが可能になれば、全ての人が生きやすくなる

そもそも、多様性の受け入れってこれからの時代に大事な事ですよね。

「ひとりだけ違う行動をとってはいけない」とか「自分の意見を押し殺してまで周りに合せないといけない」とか長い人生を考えると、定型発達であっても息苦しいじゃないですか。

とはいえ、人に過度な負担をかけてまで好き放題いきる事を推奨してるわけじゃありません。
「他人の意見も、自分の意見と同じく貴重なもの」だって思ってあげれるような思考が、何より大事かな~って思います。

自分は我慢を積み重ねてきたからと、他人にも我慢を強いる様な歳の重ね方をしない事!

日本のインクルーシブ教育のこれから

日本のインクルーシブは、先進国の中では遅れています。

先進国の中では、支援学校や支援級が存在しない国もあります。

なぜ、そんな事が実現できるのかというと、やっぱり環境。
諸外国では、1つのクラスが小人数制の上に、ボランティアや支援職員が複数混在している状況です。

日本の30~40人の学級に担任一人なんて、インクルーシブ導入していないくても担任に負担がかかり過ぎ。
学校の先生の労働問題も課題になっていますね。

日本のインクルーシブの課題は「予算、知識、人員」この辺り、整えることかな~と。

まとめ

Little child playing pilot. Girl on the background of sunset sky. Kid in an astronaut costume dreaming of becoming a spaceman.

自分の考えだけを、長々~と体験談に併せて書いてみましたが、体験者の発言って大事なんですよね。
これからの、障がい児本人や、子供達、親達全ての為に。

経済の発展に併せて、全ての人が生きやすい国になって欲しいな~と思うばかりです。

皆さんも思う事があれば、Twitter等で教えてくださいね~

自閉症の事を少しでも沢山の人に知ってもらえたらと思っています。
そして、それを機に世の中には本当にいろんな人がいる事を認識し、出来る範囲で支えあいながら
皆が暮らしやすいように 生きていけるといいなと思っています。

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