障がい者の居場所は増えたけど「あなたは、本当にそこに居たいの?」

子供達の事

こんにちは、sallyです。

sally
この記事を書いている私は、自閉症児2人を育てるシングルマザーです。

・小学校5年生の特別支援学校の女の子
・小学校3年生の特別支援学級の男の子。

本日のタイトル【障がい者の居場所は増えたけど「あなたは、本当にそこに居たいの?」】

これは、障がいのある子を育てながら、私がずっと思っている事です。

放課後デイサービスが全国的に増え、インクルーシブを取り入れた(風の?)幼稚園も増えてきました。

そのおかげで、障がいのある子の居場所が増えた。

その事で、助かっているご両親の方々もたくさんいるはずです。

でも助かる場所なのに、なんだか親子そろって社会から疎外された感じがする。

「それはなんでだろう」と考えていたら、自分なりに思考整理できてきました。

だから今日は、障がいのある子の居る場所について書いて行こうと思います。

障がい者の居場所は増えたけど…

時代を追うごとに、障がいのある子の居場所は増えました。

でも、居場所が増えてたすかるんだけど、いつも問題を巻き起こしているデイでの子供をみていると「本当に、こんな暮らしをさせたいんだっけ?」と思う訳です。

だから、最初に我が家の子供たちの事を例にとらせて下さい。

インクルーシブ教育の中でも置き去りに

私の子供たちはインクルーシブ教育を取り入れた幼稚園に通い、加配教員をつけて定型発達の子達と同じクラスに在籍していました。

就園した事で、運動会や発表会、夏祭りといった多くの子供たちが楽しみにしていたイベントがありますよね。

「自閉っ子あるある」の例に外れず、我が家の子供たちにとってイベントは辛くて耐え難いものだったようです。

あまりにも参加できないし頑張れない。
そしてパニックになりまくるので、担任や加配教員に「今回は(も)参加できません、無理されずに休んでは?」と提案される事も。

もちろん、悪気があって言われたのではありません。
それは教職員の方からの「無理しないでね」という、私と子供たちに対する配慮だったと思うんです。

でも、だんだんと私にとってその配慮が「障がいがあるから仕方のないよね」と、障がいを理由に支援を怠けている様に感じていきました。

そうした疎外感は孤独に繋がっていきます。

だから、そうした配慮についてとても考えさせられた数年間だった。

そこに居て当たり前の存在なのに

でも本当に思うんですよ。

障がいを理由に「参加できない子」にしていては、インクルーシブや障害者福祉は進まない。

だって、「そこに居て当たり前の子」「そこに居ることが当たり前の存在」にしてもらう為に支援をする事がインクルーシブだと思うんです。

だから、私の方から何度もかけ合いました。
娘も息子も参加できるように資格支援を増やしたり、ビニールテープを床に引いて娘の立ち位置をわかりやすくして欲しいと。

支援方法が分からないなら療育機関と連絡とりますとまで、しゃしゃり出た事もあります。

それでも結局、娘も息子も幼稚園の時代の3年間のイベントは、参加出来たり参加できなかったり。

やり過ぎな自分を恥ずかしいと思った事もあるけれど、後悔はしていません。

だって「加配職員をつけるから一緒にいれるなら集団に混ざっていいよ」より「ここにいるのが当たり前の存在だよ」と、そうした価値観の人が増える時代に早く到来して欲しいから。

だって、そうした大人の意識は定型発達の子達にだって受け継がれる、そして共存意識をもったまま大人になっていくはずだと信じています。

本当にそこに居たいの?と尋ねたい。

そして、もう一つの支援に対する疑問があります。

支援児童の居場所が増えているのは事実。
それは、障がいのある人が安全で安心して過ごせる場を増やそうと思って、なされたセ策で凄くいい事だとは思うんです。

我が家も、支援者やそ支援場所あってこそ、生活がまわっている。
それを考えると感謝でいっぱいですよ、本当に。

だから、支援の場さえ極小だったひと昔前と今を比べれば、今はとても幸せ。

でもやっぱり、障がいある子の過ごし方や場所の選択肢はもっと豊富であってほしいんですよ。

子供たちにとっても、支援の場数があって「ここが向かないならこっちへ」「少しお兄さんになったから、ここを卒業」といった形で、過ごしや暮らしがあるといいなあって思うんです。

定型発達の私達が、やりたい事や過ごしたい友人を選ぶように、障がいのある人にも選択肢がふえたらいいなあっておもうんです。

定型発達であるという事は選択肢が多い

毎日を当たり前に生きていると気付きにくいですが、定型発達児であるという事は選択肢が多い。

「何を食べようかな」「こんな事を勉強したいな」「こんな仕事をしたいな」「あの子と遊びたいな」とかね。

たとえば、大人であるという事も子供に比べて選択肢が多いです。

コンビニで好きなモノを買って食べるとか、休日に映画をみるとか、旅行に行くとか…自分の事はほとんど自分に決定権がある。でも、子供は最終決定者が大人である事が多い。お願いしないと手に入らないしね。

そう、子供はとても不自由なんです。
不自由である代わりに愛されている。愛されている必要がある。

だからね、障がいを抱えているという事も不自由であるからこそ、支援の手をさしのべられる必要がある。

そういうのって、社会の中でとても大切な事。

障がい者の居場所は増えたけど「あなたは、本当にそこに居たいの?」

タイトルを繰り返しましたが、もう一度考えて欲しいです。

確かに、ひと昔前から比べると障がいのある人の居場所も増えたし支援者も増えた。

障害を抱えた子の過ごせる場所が、あるかないかと聞かれたら「ある」。

でもね、それが本当にその子達が居たい場所で、その親たちが安心して信頼して預けれる場所なのかな。

障がい者就労においても就労率は上がっているけれど、本当にそんな仕事がしたかったの?

つらい生き方を抱えているのに、仕事までつらかった場合、それを発する環境や身体でない場合の事を考えると胸が痛くなる。

そんなの、障がいのある子の親として、黙って見過ごすわけにはいかない。

質もあげてほしいなあ…

障がいのある子の家族は、子供の過ごし場所を探す事に一生懸命です。

消して足りてはいませんが、受け入れ預かってくれる場所はある。

たとえ、評判がどうでも職員さんが知識のないパートの方ばかりでも、家や学校からかなり離れていても受け入れてくれる場所はある。

でも、そこで毎日パニックになってしまったり、問題行為を繰り返す子供たちの話を聞いていると、本当にそこが障がいのある子の居たかった場所なのかなあと思わずにはいられないんですよ。

sallyのまとめ

今回の問題に何を言いたいのか纏めると、もうそろそろ…この国の福祉が変っていかなきゃいけないんじゃないかなあって思うんですよ。

少子高齢化でも分かるように、子供の問題と介護の問題は目を逸らせない。

障がいで生まれたから大変とか、障がいを抱えた子がいるからその親は大変とか…在宅介護や老老介護だから大変とか、そんな思考自体が間違っていると思うんです。

どんな立場に置かれた人も、その人の生活の質を上げていくために税金を投資したり、生き方の選択肢が増えるようにサポートする事業がもっとふえてもいいんじゃないかなあと思うんです。

子供たちの未来は、そんな人としての温かさが両手広げて待っていてほしいなと思っています。
だから、私もささやかではありますが発信を続けていきたいと思っています。

Twitterでも呟いているので、もしよければフォローしてください。

今日は、ここまで~♪

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