【療育手帳を貰えない自閉症】申請が通らず支援が受けられない

子供達の事

こんにちは、sallyです。

sally
この記事を書いている私は、自閉症児2人を育てるシングルマザーです。

・小学校5年生の特別支援学校の女の子
・小学校3年生の特別支援学級の男の子。

我が家の子供たちは同じ障害名なのに、受けれるサービスに差があります。

娘は言葉も喋れないし自立できている事も少ない、そしてパニックになりがちで奇妙な行動や自傷行為や多少行為も多いので「重度」と診断されて療育手帳を貰う事が出来ています。

息子は、堪能ではないけれど言葉も出るし自立できている事も多い、怒ってしまうとコントロールできなくなるけれど比較的穏やかなので「軽度」という事で、申請しても手帳を貰う事が出来ませんでした。

でもね、困っている事の数は同じくらいありそうなんです。

自閉症と言うのはもともと目に見てわかりにくい障害なのだけれど、その中でも定型発達者にとって扱いやすい子を軽度として、定型発達者にとって扱いにくい子を重度と分けて考えるのってどうなんだろうと思ってます。

そうした事について書いて行きたいと思います。

【療育手帳を貰えない自閉症】申請が通らず支援が受けられない

自閉症の診断を受ける私の子供たち。

娘は障害者手帳を持っていますが、息子は持っていません。

正確には、申請したのだけれど一定の知的や精神のレベルに達していないのでという事で発行してもらう事ができませんでした。

障害を抱えている事で、生きる事に困っている人を助けるはずの手帳。

しかし療育手帳がないからという事で、手帳を所持している娘と対等な支援を受ける事も出来ない事も多い。

障害がある事で配慮して貰えることはあるのだけれど、やっぱり手帳を持っている事程の配慮は受ける事が出来ないのは理不尽だなあと思うんです。

障害を診断をした後の事

障害名が同じだからという事で、支援する側にとっての「軽度」や「重度」の判断で手帳が発行されるというはなんだかなあと思っているんです。

育てやすいし、支援が少なくて済むから…見た目に分からないからと言う理由で支援者側が障がいの程度を「軽度や重度」と分けていいのでしょうか。

見た目に分からないからこそ、困っている事は沢山あるのに。

学校の選定

それに似たような事が就学相談でもありました。

娘は幼稚園から小学校に上がる時に発達の検査をされたうえで特別支援学校を勧められたんですよね。

私も賛同だったから「了解しました」と返事ました。

「でもお母さんが地域の学校の支援級を希望されるのならば、保護者の意見が優先されます」って言われたんですよね。

そして2年後の、息子の場合はおかしなことが。

息子は「地域の学校の特別支援級」を勧めますと診断が出た。

娘と同じ特別支援学校に進んで生きる力をつけて欲しいと思っていた私は「特別支援学校に行かせます」っていったんですよ。

そしたら「支援学級に行く力があるのに、特別支援学校に行く必要はない。それは親の意志で決めれません」って言われたんだよね。

同じ診断名なのに、サポートに差があるという事

特別支援学校に決まった娘は親の意志を尊重されるけれど、特別支援学級にきまった息子は親の意志は取り入れても貰えないの?!って不思議に思ったんですよね。

「特別支援学級に行く力がある」と言う言葉は「特別支援に行く力すらない」と言う子が存在する・・・そういったついて行けるか、ついていけないのかのレベルで判定しているっておかしいですよね。

本当は、その子にとって適切な支援を受けられる場を親を交えて決めていく必要がある。

手帳にしても学校選びにしても、そこなんですよね。

今の学校の分け方や、手帳の配布のやりかたは、診断はするけれど「あとは日本のルールに沿って自力で頑張ってね~」「まあ、たまに手助けするよ~重度の子が優先だよ~」と言われている様な気がしてならないんですよね。

同じお腹から出てきた、同じ診断名の子供たちを育てながらその差は一体、誰の困り感を基準に考えたものなのだろうと思っています。

診断だけを受けて、路頭に迷う親子たち

息子は、地域の学校の支援学級に進みました。

自分の地域ではないインクルーシブ導入の幼稚園に行っていた為に、友達も知り合いも誰一人いない小学校。先生も始めて見る人ばかりだし、慣れない生活時間帯に、慣れない新しいルール。

不安が募って当たり前です。だから、穏やかな息子が教師や友達に向っていくようになりました。

学校の担任からは「もう少し頑張って貰わないと、みんなが◎◎(息子)君のことを怖い子だと思ってしまいます」と電話が入りました。

だから、特別支援学校に行かせたいといったじゃない…と言うのが私の本音。

でも言えませんでした。言ってもどうにもならない事を知っているから。

自閉症で生きるのに困りまくっている6歳の男の子が、新しい環境で新しい場所で頼る人が誰もいない中で一人でがんばっているのに、これ以上何を頑張らせないといけないのよ…と、夜な夜な泣いたあの頃。

いま3年生になった息子に、大人になったらこのブログを読ませてやりたい。

「あの頃、小学校の中で一番頑張っていたのは、あなただよ。そして、誰よりも大きな壁を乗り越えたのは、あなただけだよ」と、本気で思っています。

グレーゾーンという事

話が逸れましたが、そうした「診断」だけうけてサポートが足りていない子ってうちだけじゃないはずなんです。

今はわかりませんが、ひと昔前は「ダウン症」と診断された子は「療育手帳B」と決まっていると知人が言っていました。

療育手帳にはAとBがあって、Bは軽度の方。AとBの差で変わってくるのは支援の手厚さ。

ダウン症でも色んな子がいて、生活の困り感はその子によって違う。

身体の在り方でサポート方法を決めるって、いい事だとは思えないなあと思うんです。

身体や精神の在り方(病名や目に見える症状)ではなく、その子にとって困っている事があれば助けてあげればいいじゃない?!サポートが必要なら助けてあげる必要があるでしょって思うんですよ。

なんで、それがわからないかなあ。

そうした事に悶々としているんですよね、それはきっとうちだけじゃないはず。

今日は、ここまで~