障害者の親だからという理由で、宗教に誘われやすいんです

ママの事

こんにちは、sallyです。

sally
この記事を書いている私は、自閉症児2人を育てるシングルマザーです。

・小学校5年生の特別支援学校の女の子
・小学校3年生の特別支援学級の男の子。

勧誘の仕方は色々なんですが…

子どもの障がいを理由に宗教の勧誘を受けた事が3回もあります。

誘い方は様々なんですが、直近で覚えているものをいえば「あなたたち家族を助けたい」「お子さんを治したい」でした。

宗教の勧誘に猛烈に反発しているとかではないのだけれど、障がいを理由に宗教に勧誘される事になんだか違和感を感じずにはいられないんですよね。

なので、ブロガーとしては一度「宗教✖障がいや病気」について筆を執りたかったんですよ。

今日は障がいと宗教をテーマに、私の考えを述べていきたいと思います。

障害者の親だからという理由で、宗教に誘われやすいんです

いきなり気持ちを吐き出すと、我が家に向けて「あなたたち家族を助けたい」「お子さんを治したい」って、かなり失礼な言葉だと思うんです。

私はひとり親で子供たちは2人とも自閉症で、「大変だ」「忙しい」「限界だ」と愚痴を吐く事もあります。

しかし、私たちは不幸な存在だなんて思った事ないんです。

「我が子の自閉症を治さなきゃ」などとは思ってないのに「お子さんを治したい」なんて言われると…

「え?この子の生き方は治さなければいけないの???」って思ってしまう訳ですよ。

そう、自閉症は生き方なんですよ。

障害は不便、でも不幸ではない

「障害は不便です。でも、不幸ではありません」

乙武洋匡

これは、乙武洋匡さんの名言です。

乙武さんがこうした言葉を、自ら公に発表されたのには理由があるはずです。

自分は不幸だとは思っていないのに「なんて不幸なの」という目線や言葉をたくさん浴びせられてきたからではないでしょうか。

もちろん乙武さんがひとりで出来る事は、一般の人がひとりで出来る事に比べると格段に少ない。

でも、乙武さんはサポートがあれば「みんなと同じ様に出来る事が沢山ある人」なんですよね。

だから「不幸ではありません」という言葉にハッとさせられた人も多いと思います。

私は子供達をどう思っているのか??

このブログを書くにあたって、改めてsallyは子供たちの障がいの事をどんなふうに思っているんだ?って考えてみたんです。

sally
子供たちの自閉症を悪い事だとはおもってないんですよね。

そう、自閉症の事を悪い事だとは思ってないし、かわいそうだとも思ってない。

でも、いい事だとも思ってないんです。

だって子供達…特にパニックになりがちな娘をみると、大変そう。毎日毎日大変そう。

でも、それは不便だからなんですよね。

不便とは便利でない状態…じゃあ、周りが便利にしてあげればいいんですよ。

本人の問題ではなくて環境側の問題ですよね。

だから障がいに対して、生き方が便利になる配慮や支援は欲しい。

でも、神様に祈りを捧げてまでこの子を障がいではない状態にしてくださいとは思っていないんですよね。

宗教とは何ぞや??

しかし、私は宗教を反対しているわけではなくて、どちらかと言うと神様を信じている側です。

困った事があると直ぐに神頼みしてしまうような、いわば調子や都合ののいい人間です。

じゃあ、なんで宗教の勧誘に不快感を覚えるのかを考えてみました。

宗教を勧誘する人たちの思考

宗教に人を勧誘する人って、本当は優しさとか親切心から「困っている人を救ってあげたい」と思っているんですよね。

たとえば、医療や科学、お金の力ではどうにもならない事を、信仰心さえあれば神が救うと断言しています。

宗教の勧誘する人たちは、生きるのにかなりの苦労を感じていて、宗教によって救われたはずです。

「自分も救われたから、ひとりでも多くの人を不幸から救ってあげたい」と思っている普通に優しい人なんだと思います。

自分達は医療や科学、お金の力では解決しなかった事を、信仰によって神に救ってもらったと信じている人たちが宗教を広めたいと思っているのです。

そもそも、勧誘を受けた人は救って欲しいのか?

ここでひとつ、問題が出てきます。

宗教を勧誘する側の人は「この人たちは、不幸なのだ」と、好き勝手に環境要因から判断しています。

じゃあ勧誘される側は、医療や科学やお金で助からなかった現状を、神の力によって変えていきたいと思っているのか???って話なんですよ。

ちなみに私は、障がいがある子どもをひとり親で育てていくのはとても苦労が多いですし、心身共に疲弊しています。

でも、私たち家族の事を不幸だとは一度も想った事がありません。

子供達も障がいを抱えている事で不便な事が多そうで何とかしてあげたいなあとは思います。

しかし、それは神の力によって「自閉症」という生き方を変えたいと思っているのではなく、周囲の配慮をもう少し増やしたいなあと思っている程度です。

聞いた事がないので分からないですが、きっと子供達も「なんで私は(僕は)自閉症なんだ!治してくれよ!」と思った事も無いと思います。

むしろ、好き勝手に我が家の事を不幸だと判断された事に怒りさえ覚えてしまう訳ですよ💦

障害と向き合う家族たちの宗教に対する意見

障害と向き合う家族たちの意見といっても、勝手な私の独断と偏り過ぎの意見なのですがお見知りおきを。

障がい児の子育ては正直な所大変です。

しかし、悩みが出てくれば専門の方々に相談するし人手が足りなければ支援を要請します。

もし、私達が今から50年前の日本に暮らしていて福祉や医療の体制が今ほど整っていなければ、私も神の力で救われようと思ったのかもしれません。

とはいえ大変な毎日ではありますが、「私たちはなんでこんなに不幸なんだ~」と思いながら生きているわけではないので神様にも地域の方々にも温かく見守って貰えたら幸せです。

神様にお願いする事もありますよ

でも、神社とかにいけば私も神様にお願いする事はありますよ。

でも、それは「この子達の人生が楽しいものであります様に」とか「健康で過ごせます様に」とか。

定型発達児のお母さん達と願いは変わりません。

神様に「自閉症を治してください」とお願いした事は一度もありません。

まとめ

宗教が、弱者に手を差し伸べて多くの人を苦しみから救ってきたのは知っています。

苦しい人たちが神様を信じる事で「生きる糧」となり「命」を守ってきたのも知っています。

更には、宗教を強く信仰される方々がそこに至るまでに、多くの苦労を抱えて悩み考えてそこに到達されたという事も理解しています。

本当、長い歴史をみても宗教とは凄い事ですよ。

だから、障がい者を迷惑扱いしたりネットでの障がい者の批判を書き込む人たちに比べれば「障がい者を救いたい」と思う、その気持ちはありがたいこと。

でもね、最後にもう乙武さんの言葉を借りて言いたい。

障がい者は不便ですが、不幸ではありません。

今日は、ここまで~