自閉症|女の子のブログが少ないのには、理由があります

こんにちは、さおりと申します。

私は、2人の子どもたちのひとり親をしています。

👧2009年生まれの特別支援学校に通う、自閉症の女の子
👦2011年生まれの特別支援学級に通う、自閉症の男の子

「自閉症の女の子のブログって少ないな」と、思ったことはありませんか。

 

たしかに、女の子の発達障がいって男の子と比べてどこも少ない気がする…というか実際そう。特別支援学校では、女の子も多いけど発達障がいではない場合が多い。

 

なぜ、低確率で生まれてくる「自閉症の女の子」が私の子となったのか。今でも、考え始めると迷宮入りするから考えないようにしているのだけれど、どうしても考えてしまうときもあります。

 

五体満足だし、元気だし、可愛いし生命上の問題はない。周りからも「子どもは、親をえらんで生まれてくるよ」とよく言われるし「たしかに」と思う部分もあります。

 

でも、両手放しに「そうか!私をえらんでくれたのね!ありがとう。」とは思えないものです。「なぜ怠けものの私の所に、あなたは生まれてきたの」と思いながらも過ごす毎日を振り返ってみたいと思います。

お腹の中の赤ちゃんが「女の子」と言われたときから母娘となる

「おそらく、女の子ですね~」と、5か月目の妊婦健診のときに言われた。

 

しし座の女の子が欲しいと思っていた私は、6か月目、7か月目…健診の度に「女の子で間違えないんですよね」と確認し続けました(めんどい人)。

 

なぜしし座なのかといえば、おひつじ座の私と星占い上の相性がいいからという単純で浅はかな理由です。

 

お腹の赤ちゃんが元気に生まれてきてくれれば、男でも女でもどちらでもいいんですよ。しかし「女の子」と言われると、どうしても未来を想像しちゃいます。

 

将来は「一緒にお茶したい」「一緒に買い物したい」「いつか娘の恋愛の話が聞きたい」と、多くを思い描き過ぎました。

 

出産前に肌着や靴下をえらんでいるときも、女の子ならではの柄や飾りに、やっぱり女の子育児への思いを馳せてしまう。

 

さおり
女の子のものは可愛いなあ~

 

生まれてからも全てが可愛かった。とくに歩けるようになってからは、オムツで膨れたお尻にかぶさるスカートがなんとも可愛かった。

母親として感じる「自閉症の診断」とは

「将来が楽しみだなあ~」と、日増しに大きくなる将来の母の希望。

 

「あー」「うー」しか言わなかった子が「ママー」と言い始めたり、テレビを見て歌のお兄さんお姉さんと一緒にダンスをする姿が本当に愛おしい。我が子の成長を間近で感じるってこんなに幸せなんだ、と思っていました。

 

「いつか、この子が色々お話してくれるのが楽しみだなあ」と、数年先のことを考えるとワクワクする。「子どもを産んで本当によかったな」そんな風に心の底から思うようになったころに「自閉症」というのは発覚します。

 

発覚というよりは、母親は薄々気が付きながら知りたくもない現実に怯えてる。
「障がいなんて、抱えていませんように」と心から願っている矢先に、診断される。

 

バラ色だった毎日から、診断によって奈落の底に落とされるんですよ。

 

自閉症の診断とは、最高の毎日から突然全てが音を立てて崩れていくような一瞬を体験するんです。娘に笑いかけることもできない、奈落の底に落ちている私の目の前で、娘は変わらぬ笑顔で過ごしている。

 

そして私には、止まることのできない当たり前の日常と育児が待っています。これが、私が感じた自閉症の診断。

「自閉症の診断後」に思う、周囲と自分のこと

育児というのは、止まることができない。毎日毎日、呼吸をするように続いて行きます。娘の自閉症の発覚後も、受け入れたくもないような現実を抱えたまま「呼吸をするように育児」が続きます。

 

失恋のときのように、落ち込んで寝込む時間もない。ぱーっと友達と飲みに行き、彼氏のいなくなった毎日を新しい日々に変えていくようなこともできない。

 

昨日まで思い描いていた将来が、今日からは全く思い描けない。昨日と今日とで私がやっている育児は何も変わらないのに、マインドだけが変った。私とは無縁だと思っていた「障がい児育児」のマインドになりました。

 

自分の中を流れる全身の血を冷たく感じる。娘の笑顔は相変わらず可愛いのだけれど、娘を取り巻く景色が白黒に見える気がした。数日前までは「本当に可愛いなあ」と感じていた他所の子までも「この子はきっと障がいなんて抱えていないんだろうな」と思うようになった。最悪だ。

 

「早く、娘の自閉症を受け入れる自分になりたい」、もしくは「診断が嘘であってほしい」。そんな風に毎日思っていました。

 

でもね、娘の自閉症が発覚してからは、身内という身内が「娘の自閉症の原因」を、探しを始めます。

  • 妊婦のときに、つわりで点滴を受けたのがよくないんじゃないのか
  • ちゃんと娘に対して「声掛けしている?」「愛情もって接してる?」
  • 赤ちゃんのときに転ばせたでしょ?!あの時頭打ったんじゃないの?
  • 誰かが、障がいの遺伝子をもっているんじゃないか…。   など

 

わたしは、理由なんて見つからないで欲しかった。なぜなら「原因が私だったらどうしよう」と思って怯えていたから。

 

もしも、私の愛情が足りなかったとか、私の妊娠中の過ごし方が悪かったとか、私の母乳が悪かったとか…仮にそうだとしたなら、今度こそ本当に奈落の底に落ちて、精神も崩壊する気がしたんです。

 

「全く考えなかったのか」と言えば嘘になるのだけれど、理由を探すよりも母親として大切なものがあると思っていたし、もう戻ることのできない過去を追求するより、早く「バラ色の中にいた私たち」に戻りたかったんです。

今はどうなった?「11歳の娘」と「11年の育児」

11年の歳月のことはまた別の記事でちょっとずつ公開していきます。

 

簡単に言えば、一般的な育児と比べると母子ともに泣くことも多かった。子どもと一緒に号泣した日もあったし、枕で顔を抑えて声を殺して泣いた日もあった。とてもじゃないけれど、「親子」をイメージする微笑ましいと思えないようなシーンも多く体験してきました。(現在も続いています)

 

ただ、私は自閉っ子との暮らしには幾分慣れた。さすがに11年もやっていると慣れますよ。これを「受け入れた」という表現に置き換えるべきなのでしょうか。その辺りは分からないけど、とりあえず「親子」やっています。我が家は、息子も自閉症だしね。慣れないわけにはいられない。

 

娘も「自閉症という生き方」を、一生懸命受け止めようと頑張ってる。毎日とても苦しそう、それは毎日一番近くで見ていてわかる。

 

彼女は彼女で、薬の力をかりたり、周囲の支援に助けられたり、失敗や成功を繰り返して自分なりに生き方を模索し、自閉症として発達・成長を遂げています。

 

今の私は「自閉症」のことを、「可哀そうな障がい」ではなく「生き方のひとつ」だということを以前よりは理解している。自閉症の人を哀れに思ったりすることはありません。ただ、自閉症になりたいなとも思いません。…理由としては、毎日大変そうだから。生きていくのが人一倍大変そうで、多くの助けが必要なのに求め方も分からず周囲の理解も少ない。とても大変で過酷な道だなとおもいます。

 

ただね、生まれ変わっても自閉症ではない知らない誰かより、また自閉症でもいいから娘と息子と家族になりたいな。できれば、自閉症じゃない方がいいけどね。まあ、穏やかに生きられるのなら本当はなんだっていい。

自閉症の女の子と母のこれから

さて。長々とお話してきましたが、自閉症というのはやっぱり周囲のサポートと理解が最重要。

 

だから私は自閉症児育児の発信を辞めない。私が他界したときのことを考えて、子どもたちの頼り先(支援先)も、いっぱい作っておきたいなと思います。「きっと、私はそのために生まれてきたんだ」といったような使命感も感じていています(燃えすぎ)。

 

でも、そういうのに本当に関わっていきたいなと思っています。

 

もちろん、母親にしかできないこともしていきたい。会話が出来ないし、落ち着いてランチとかも出来ない娘。だから、よくある友達のような親子になりたいとかそんなんじゃなくて、同性の親子としてもう少し頼られたいなと思う。頼るのが難しいなら「一緒に居て落ち着く人」となりたい。そんな風に思っています。

 

今日はここまで~

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