【断乳】娘の断乳日記がmixi残っていた|母になった喜びがここにあった

みなさんは「mixi」って知ってますか?

 

2005年前後あたり、日本にFacebookが浸透する前に流行したSNS先駆者だと思います。当時の私は、mixiにはハマっており独身時から息子を産むくらいまでの5年程度、頻繁にmixiの日記を更新していました。

 

そのmixiに娘の断乳日記が残っていて、読んでいたら「私は本当に娘のことを愛してやまなかったんだな」と思い出しました。現在、断乳を考えている方の参考にもなると思いますし、それ以外の方がも母親がどんな思いで断乳をするのかもわかると思います。

 

そして読み返す中で「娘のお陰で母になる喜びを知ったんだな」と振り返ることが出来ました。※多少読みにくい部分の修正を入れつつほぼ、コピペでmixiから引っ張ってきております。

断乳【決意編】

娘の、断乳を決意しました。(2011年1月27日のこと)

 

カレンダーに娘の大好きなアンパンマンを書き、分かってるのかわらないのか「この日から、オッパイとさようならね」と、お話してます。

 

断乳を考え出した理由は、ご飯を殆ど食さないこと。
おっぱいが主食と言った具合でした。

 

そして、夜中の頻繁な授乳。
2時間平均で起きてたかな。
夜中に起きるのは良しとしても、毎朝4時半に起き主人の弁当&朝ごはんを作り、娘に授乳をしながらのドタバタの朝。

 

いつも「娘の泣き声がするまでに」と、何かに追われてるかのごとくセカセカ動いてました。

 

余裕の無い姿は一日の始まりに、なんだか不甲斐ない気持ちでいっぱいに。一方で、断乳に踏み切れなかったのはおっぱいを見せたときの娘の幸せそうな笑顔。

 

そして、私の腕のなかで微笑む娘。
眠りに落ちていく娘。

 

体力的に精神的に、どんなに疲れていても、その姿を見ると1日を温かな心で終える事ができた。授乳生活で私はとても幸せでした。

 

そんな、断乳&自然卒乳の狭間で揺れている私が断乳を決断したのは、いくつかの理由ととある言葉からです。

  • 2月になると転勤でドタバタ
  • なんとなくだけれど、言葉が分かってきたようす
  • それに伴い、自我がものすごく出てきてる
  • 2人目がほしい

これに加え、とあるブログにあった言葉にかなり背中押されました。

子どもはみんな、神様からのおくりもの。
おやのモノではないのですよ。
いつかお返しするのですから、大切にそだてなさい

 

そして、もうひとつは「桶谷式」の断乳方法のチラシを目にしたためです。(私は桶谷式を取り入れてはいなかったですが…)

桶谷式のすすめる断乳方法は、赤ちゃんから一方的におっぱいを取り上げるというものではありません。
断乳はおっぱいを介して一つになっていたものが、時期が来て二つの個体になることです。
赤ちゃんは立って歩いて一人前の人間になったのであり、
断乳後は、人間と人間のコミュニケーションの特徴である『言葉』でお互いを理解し合うようになるのです。
母乳育児を通してお母さんと赤ちゃんは太い絆を作り上げていきます。
この太い絆は子供の心に絶対的な信頼感となって残ります。
このような絆が授乳中に作られたからこそ、きっぱりとした断乳ができるのです。
そして子供は、次のステップへすすんでいきます。
断乳は、巣立ちの準備が出来た子供の背中を押してやるようなものです。

参考:桶谷式断乳方式

 

育児って本当に教科書があってないようなもの。
10人のお母さんがいれば10の子育てとドラマがある。
断乳も、自然卒乳も
両親が一生懸命考えて出した答えなら
何一つ間違えでは無いと思う。

私は、娘のことが大好きで。
微笑んでる顔も、泣いてる顔も、わがまま言って反り返る姿さえも
いとおしいく、もう一度お腹の仲に戻してしまいたいと思うくらいです。

 

でも、それでは
私が成長できてないんですよね。

 

二本足で確り歩き始め
あらゆる物を手にとって興味を示した娘を
後ろから優しく見守れるように
がんばろうと思います。

 

無事にオッパイとさようならできたら
燕は夜の長い睡眠を幸せな夢と共に堪能し
1日に3回やってくる食事時間の楽しみを知り
そして、今までオッパイに使われていた時間を
新たな楽しみで満たせますように。

そして、私は
オッパイ以外での娘との絆を知ることができますように。
新たな育児人生へ。

断乳【1日目】

1歳を過ぎたころから自我が出てきて「好きなものは好き」「嫌いなものは嫌い」…というわけで、大好きなオッパイを1日20回はくわえてたかな。

そんな娘が本当に断乳できるんだろうか。
そんな、疑問と不安を残しながら断乳に入りました。

◆11時過ぎ

お昼ごはんを一口で辞めた娘。
いつも通り「オッパイをちょうだい」と言わんばかりに、私の膝の上に座ってくる。
オッパイを飲ませながら「これで、最後のオッパイだよ。今日からオッパイさようならしようね。」

 

分かってか、わからずか…
オッパイを軽く噛んだり、首を横に振ったり。

 

でも、本当のところこれが最後の授乳かと思うと私の方が涙が出そう。
授乳をしながら、目を閉じ始める娘に、もうすぐ寝るんだなと察します。

 

しばらくすると
90パーセント眠って、口だけトゥクトゥクと動いてる状態。

 

これで本当に終わっちゃうと思うと
「起きて!もっと吸って!」と、何度も心の中で思いつつ娘は深い眠りへ。

 

娘の口からオッパイが外れた瞬間に涙があふれ出る。
一粒一粒が重い涙。
夫と喧嘩して悔しいとか、そんな涙ではなくて…本当に粒の大きい涙。
こういう涙は、いつぶりだろう。

◆2時半

燕も起床し、オッパイをほしがる時間到来。
なんとか、お菓子と大好きなジュースでごまかす。

◆夕刻

晩御飯の時間に、オッパイがほしい娘はギャン泣き開始。
もちろんご飯は全く食せず。

 

そのまま、実家にて実父と実母の協力を得てお風呂に入れてもらいました。
ここでもギャン泣きとまらず。

 

そして、私が風呂から上がると、いないいないばあのDVDを見ながらご機嫌な娘。
晩御飯も食べてないし、唯一食べれるもののなかのバナナを食べさせると、食べたこと無い量を食し驚きました。

 

かれこれ7時間もオッパイを飲んでないのは初めてだし、お腹が減ったんだろうな。
というより、初めての空腹を味わったんだろうな。

 

そして、その後一緒に遊びご機嫌だったけれど、突然オッパイを思い出し「ママー!ママー!」と狂い泣き。

 

あまりにも狂ったように泣き「もう一度授乳して全てを忘れさせてあげたい…」「もう一度オッパイをあげたい、私が」と思い、葛藤して涙が止まりませんでした。

 

しばらくすると狂い泣きのまま突然、大好きな本を持ってきました。
私にぴったりくっついた状態で、本をずっと読む。
娘のの大好きなページを何度も何度も読む。
1時間は読んだところで寝ました。
長いまつ毛をたっぷりぬらして。

 

私は、寂しくて涙がしばらく止まりませんでした。
私よりあなたの方が先に、大人になったんだね。
おめでとう。

 

今夜も、起きるのかな?
明日も泣くのかな?
また、一緒にがんばろうね。

断乳【2日目】

昨晩、眠りについた娘は、23時と4時に泣きながら起きました。
もちろんオッパイが貰えず狂い泣きに発展。
最終的には抱っこしながら1時間ほどしたところで、寝ました。

早朝5時

私は胸の痛みが半端ない…。

 

余りにも痛すぎて、早朝・昼・夜と3回に分けて50CCくらい搾り出しました。
そして今はヒエピタを張っています。

 

明日はもっと張り詰めているのかと思うと、時間がたつのが恐ろしい。

朝8時

娘が、爽やかに起きる。
起きてすぐから、ご飯を結構食べました。

 

いつもなら、起きた瞬間からオッパイ。
しばらくして、またオッパイ。
ママが座っていたりすると、洋服めくってセルフオッパイ。
そして、おなかが満たされ朝ごはんは不要…だったのに、それが無くなったことに驚きました。

 

午前中、何度かオッパイのことを思い出し、授乳スタイルに自らなるも「もう、バイバイしたんだよね?」というと、泣きそうな顔で断念。ギャン泣きには発展せず。

11時

お昼を食べる前に眠たそうになる。
抱っこして、とんとんしてたらそのまま眠りにつく。

13時半

13時半起床。

 

このときも、自ら授乳スタイルになるも言い聞かせで回避。
そして、昼ごはんをしっかり食べる。

夕刻から夜にかけて

午後はたくさんのパンを食べた。
夜はお好み焼きをしっかり食べた。

 

爺ちゃん&婆ちゃんに風呂に入れてもらう。
結構ご機嫌。

 

お風呂から上がった私をみて、我慢の緒がきれたのか…
オッパイが欲しいとギャン泣きし、ヨーグルトを食べさせ回避。

 

今夜はどうなるんだろうと思っていた矢先…
電灯の煌々とついた部屋で私と母が話をしてたら、私の膝の上で静かに眠りにつきました。

 

すごいね。
本当に、乳飲み子からの階段を上ったんだね。
寂しいのはママのほうです。

 

オッパイ飲ませながら目が合って笑ってくれたりした事。
ママ忘れられません。
一生の宝物です。

おやすみ。

最後に

これが娘が1歳半の頃で、今から10年前のmixiに私が書き綴った「断乳体験記」です。

 

断乳を始め、母親が子どもの成長をひとつ一つ乗り越えていくことって、一般的にあまり理解されておらず「母親にとっては当然のこと」と、思われがちですが、母親はやっとの思いで乗り越えていくんですよね。

 

子供と一緒に成長しなければならないし、免許も何もないし無償の母親業。よくここまでやって来たなと思いますが、やっぱり自分の子どもとして生まれてきてくれた、そのときから「愛情」が自分の中にいつまでも残り続けているんですよね。私を母にしてくれた娘のことを思いながら、読み振り返っていました。

 

元ネタmixi

mixi(ミクシィ)は、日記、写真共有、ゲームや便利ツール満載のアプリなど、さまざまなサービスで友人・知人とのコミュニケ…

 

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