自閉症の息子へ「姉の自閉症」を、カミングアウトしたことについて解説

私は2人の自閉症の子どもと暮らしています。

 

娘は2009年生まれで、2021年現在に小学6年生で特別支援学校に通っています。息子は2011年生まれで、小学4年生で地域の学校の特別支援学級に通っています。

 

同じ自閉症と言っても、まったくタイプも性格も特性も違います。

 

今回は、娘が精神科病院へ入院したことを機に、「娘には障がいがある」という話を、息子へ伝えたことについてお伝えしたいと思います。

2人の自閉症|娘と息子の特徴の違い

娘と息子は、同じ「自閉症」という障がい診断名ですが、多くの違いがあります。

 

自閉症というと、なんとなく似ている人たちとして分類されることが多いために、ざっとですが2人はこんなにも多くの違いがあるということを比較しておきます。

息子
言葉(コミュニケーション) 単語
コミュニケーションは難しい
資格支援が有効
知らない日本語はまだまだ多いものの
言葉でのコミュニケーションが可能
偏食 現在11歳と10ヶ月
少しずつ食の幅は広がっていますが、一般的な同世代の子と比べて2割程度
何でも食べれます
睡眠 夜中の覚醒が多く服薬中 連続して寝れます
パニック(自傷・他害) あり 他害のみあり
運動能力 日常生活には問題なし
体の感覚をつかむのは苦手の様子
苦手かな…
過敏性 耳・肌・光 耳・光
多動性・衝動性 あり なし
社会性 乏しい
不安感が強い
あり
距離感が難しい
知的能力 △+
【娘】2009年生まれ・特別支援学校・ASD
・パニックでないときの彼女は本当に、可愛らしいしダンスが好きで笑顔の多い女の子
・少し不安が多いと「わー」とか大きい声が出てしまうので、街の中では人が振り返ります
・パニックになると別人のように

 

【息子】2011年生まれ・特別支援学級・ASD

・おっとりやさしい男の子
・運動があまり好きではないですが、体育の授業に頑張った自分に誇りを持っています
・社会性はありますが、距離感がわからないことがあり誰彼構わず声をかけがち
・パニックになると怒りが収まりにくい

娘の入院|息子へ「娘の入院」について、「障害」をカミングアウト

今回の娘が入院するにあたり、親として回答に悩むような質問を息子から受けることが増えました。

 

悩んだ結果として、親として言えるこをマイルドにカミングアウトしました。そのときのようすを、お伝えします。

カミングアウトについて考えだした日のこと

1年前に遡りますが「障害を子ども達に伝える時期がきたのかな…」と意識したのは、息子自身の障害へのカミングアウトについてです

 

息子を連れて小児発達外来に受診した帰りの車内で

 

「僕てっきり、ママの病気かと思ってたのに、僕の病院だったの?」
「僕どこか悪いの?」

 

という、息子の発言がキッカケでした。
私は言葉に詰まり、「どこも悪くないよ」としか答えただけです。

 

その日を機に、いつか息子には「障害のことを伝える日が来るのかもしれない」と意識したのが、私が「カミングアウト」がを考え始めたキッカケです。

 

翌回の小児発達外来の受診時に息子がいない状態で、医師にそのことを伝えると「また何度も聞かれるようになったら、私から伝えることも出来ますよ」と回答されました。不慣れな私が説明するよりも、プロに任せた方がいいのかもしれないとおもいつつ、息子が再び受診について聞くこともなかったために、頭の片隅に「カミングアウトの時期はいつかまた来るかもしれない」と思いつつ時間だけが過ぎて行きました。

カミングアウトのキッカケ

2021年3月末あたりから、娘が荒れ始めて(娘の入院のキッカケでもあります)、息子が何度も質問するようになります。

 

「なぜ、〇(姉)ちゃんは、こんな風に生まれちゃったんだろうね」
「〇(姉)ちゃんより、僕の方が年上みたいだよね」   など

 

教育の場に携わったことのない私には、どのような受け答えが適切なのかも判断がつかず、いつも言葉に詰まっていました。極めつけは質問ではなく、息子の願い出でした。

 

息子が「こんなこと言っちゃダメなんだけど…」と、ボロボロと重たい涙を流しながら30回くらい繰り返したあとに、このように言いました。

 

僕、●(姉)ちゃんと離れて暮らしたい。ママと2人で暮らしたい」と。

 

私も、あの重たい涙が出る感情を何度も体験しています。止まらない、一粒の大きい涙。

 

何と答えるのが正解だったのでしょうか。
抱きしめることしか、出来ませんでした。

 

このときのことは、本ブログの以下の記事に詳しく解説してあります。

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その後、娘の入院が決まり「親として説明責任が問われるときだな」と感じたタイミングがやってきました。

いざ、伝える

私には、息子なら私より何倍もすんなりと障害を受け入れてくれるという根拠の無き信頼感がありました。

 

なぜなら、彼は障害者に寛容だからです。私なら「体に触れてもいいのかな」と、躊躇するような重度の身体障害の子どもにも息子は積極的に近寄って話しかけたり、頬をさすってあげたりします。それは、1歳半から週に2日療育に通い、あらゆる障害の子達と小集団で過ごしてきた生い立ちが背景にあるではないかと思います。

 

LGDPQの方と関わったときも、息子に質問を受けその場で説明しましたが、当たり前のように「そうなんだ」と少しだけ驚き、すぐにサラっと受け止めてくれました。

 

娘の入院が決まった前夜、娘がYouTubeで楽しそうに踊っている間に、別室へ息子を呼び話をしました。

 

さおり

明日からさ、〇(姉)が入院することになったのはもう、分かってるよね。

何でか知ってる?

息子
〇(姉)ちゃんが、悪い子だから?
さおり

違うよ。

世の中にはさ、耳の聞こえない人とか目が見えない人がいるじゃん。

耳の聞こえない人には手話とか、補聴器とかの手助けが要るし、目が見えない人には、補助犬とか点々の字があるの知ってるでしょ。

息子
〇(姉)ちゃんは、何のサポートが居るの?
さおり

〇(姉)はね、耳や目の分かりやすい場所じゃなくて、心とか生き方とか全部にサポートが必要なの。

パニックになるのも、イライラしてるからでもなくて、とっても不安で苦しいからなんだよ。生き方のサポートが、家族にも町の中にも、全ての場所に足りないからなんだよ。

でね、明日から多くのサポートを受けるために少しの間入院してくるんだけど、大丈夫かな。

 

…と伝え、なんとなく理解してくれたようすでした。そんなにも驚いていなかったし、徐々にだなと感じました。そして、またいつか、彼にも彼自身のことを伝える日が来るのでしょう。

家族を受け入れるということ

私の視点で「家族を受け入れるというのはとても複雑」と感じた思いをお伝えしておきたいと思います。

 

私の娘が自閉症だと分かったときに、なんと声をかけていいのか分からず口を紡いだり泣いたりする方もいました。一方で、「よくいるよ、発達障害の子」「自分も、発達障害っぽいところがある」と、特に驚くべきことでもないのにといった反応をする人たちもいました。

 

その両方が、自分の知っている世界で対応方法で正解も間違いもありません。ただの、反応というやつです。

 

しかし不思議なのは、後者の方たちの多くの経年変化です。数年後に自分が子どもを授かったり、自分の子どもに発達障害があると発覚したときに、「自分の子どもの障害を受け入れるなんて辛かったね」と、同じ口で全く別の視点で声をかけてくれることです。

 

「自分の人生が一番大事」と感じるのは、当たり前のことです。DNAが示すところの自分の弱さや命を守ろうとする種の保存か何かなのでしょう。それが、自分の子どもを持つことで自分の存在よりも、遥かに大切なものを知ることになります。よその子よりも、自分の子を贔屓(ひいき)したい、我が子が一番可愛という気持ちは生物学がもたらす不思議さがあるなと感じます。

 

しかし、障害者を産むということは、どれだけ深い親の愛情を持っていても、親だけのキャパシティでは抱え込むことが出来ないほどの過酷な育児です。奈落の底に落とされても尚、愛し続けることを知っている人と知らない人とでは、見えている世界が大きく異なるように感じています。

 

障害のある子の親は、感情の起伏が激しい人もいますが、これは多くの人が知ることすらない世界の中で戦っている最中なのです。それは、醜いことでも卑怯なことでも、その人の心の大きさを示すものでもありません。

 

予想もしなかった、我が子の生まれ方に「どのように生きていけばいいのか」「何がこの子にとって一番の選択なのか」そして、奈落の底から自力で這い上がり、親として笑って過ごすにはどうすべきなのかを日々模索している証なのです。

 

私にとっては受け入れがたかった、娘の自閉症も、息子にとってはまた違う側面からの受け止め方なのでしょう。障害と共に家族として暮らしていくというのは、難しいことなのだと思います。そして、家族を受け入れることを本当の意味で理解出来たのならば、それは家族になった大きな意味となることなのかもしれません。

 

今日はここまで!

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