【優しい差別】障害者への言葉がけに、多くの人が気付かないこと。

こんにちは、さおりと申します。

私は、自閉症児2人のひとり親をしています。

👧2009年生まれの特別支援学校に通う、自閉症の女の子
👦2011年生まれの特別支援学級に通う、自閉症の男の子

自閉症児を育てていると伝えると、慌てて励まされることがあります。実際は、励まされているようでいて傷ついてしまうことも多いんですよね。

 

たとえば「ぜったい特別な才能があるからね」「絶対ほかの子よりピュアに育つわ」などのアドバイスです。「そうですね~」と、ははは~と笑って返すけれど、実は苦笑い。だって、障がいを抱えているからって特別な才能が必ずあるとは限らない。

 

才能が眠っているのかどうかは、今のところ誰にも分からないのが現実で。預言者のようにアドバイスしてしまう言葉のなかには「障がい児だから」という見えない気持ちが乗っかっていないかな。

 

そんな風に思っている私の気持ちを、お伝えしていきたいと思います。

【優しい差別】障害者への言葉がけに、多くの人が気付かないこと。

 

障がいを抱える子の親をしていると「優しい差別」に多く遭遇します。

 

冒頭でお伝えした「ぜったい特別な才能があるからね」「絶対ほかの子よりピュアに育つわ」の他にも、我が家の自閉っ子達が字が書けると分かると「すごいねえ!」「かしこいねえ!」とかね。

 

一般的に小学生であれば「字が書ける」ことは当然とも言えますし、逆に「字が書けない」といった場合に「文字について困り感があるんだね」というのが普通じゃないかな。

 

もちろん、本人を元気づけようと思って言ってるのは理解しているし、私を励まそうとしてる気持ちも充分に分かってる。しかし、小学校の高学年の子にかける言葉としてはどうなのかな。

 

今一度考えてみて欲しいことがあるんです。励ますその言葉の前に、声にしては聞こえない「障がいがあるのに」って言葉がふくまれていないかどうか。

 

なぜ、励ましたつもりがこんなにも気持ちがすれ違ってしまうのか?

 

障がいを抱える子や、その親に対しての接し方に戸惑ってしまう気持ちはよくわかります。励まそうと一生懸命になればなるほど空回りすることもあると思います。それは何故か。

 

それはきっと、障がいを抱える子は増えたけれど、実際に関わることが少ないのが原因ではないかと思っています。私が子供だった頃に比べて障がい抱える子って増えていて(特に発達障害、自閉症)それは統計データーでも出ているんですよ。

 

社会問題にもしてもらい、特別支援や放課後デイサービスなどの環境だってひと昔前からするとかなり整っている。インクルーシブ教育も導入検討される場が増えた。

 

でもやっぱり、実際にそうした子達と関わることって少ないです。定型発達の子と障がいを抱えた子の壁は大きく、二分化されてる感がすごい。環境は整ってきていても、インクルーシブや交流や共存っていう言葉だけが一人歩きしているように思えちゃう。

 

だから突然に定型発達児の子達と交流することになった場合、見た目に分からない自閉症の我が子たちについて「うちの子、障がいを抱えていて」と、改めて説明することも多いですよ。その結果その説明に戸惑ったり、どこかで聞いたような「障がい児≒特別な才能のある子」「障がい児≒ピュア」なんて発してしまうのではないでしょうか。

 

どちらも悪いことしてないのに、一方は慌てふためき、もう一方は慌てふためく方に「優しい差別」を感じてしまう。

まとめ:育児は大変

 

育児は大変ですよ。そして、障がいを抱える子の育児はもっと大変。

 

福祉にも助けられているし「特別支援学校、特別支援学級、サポーターの方々や放課後デイの職員さん」にとどまらず、市や県や国の制度にも助けられっぱなしです。

 

それでもまだ大変なんです。最後に一つ言わせていただければ、障がいのある子をサポートする活動は広まっていますが障がいのある子の親を助けるサポートはほとんどありません。だから、いつも心身ともに悲鳴をあげています。

 

定型発達の親の方々が普通に行っている日常が、障がいのある子の親にとってこれ以上豊かで手の届かないものとなりませんように。そんな風に感じている私たち障がい者の親に「自閉症の子には絶対才能あるからね、見つけて伸ばしてあげなさいよ~」などという「優しい差別」に対して色々思ってしまうわけですよ。

 

子供も可愛いし、支援も優しさも有難いですけどね。

 

今日は、ここまで~

 

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