【自閉症の娘】親として、彼女の心の大人度を考えてみた

私は自閉症児2人のひとり親をしています。

 

娘は2009年生まれ、特別支援学校へ通う小学6年生
息子は2011年生まれ、特別支援学級へ通う小学4年生

 

2人とも自閉症です。

 

障害を抱えていない人間は、ひとりで洗面や食事に取り組むことができます。日常的な活動の側面では成熟しているよう見える一方で、精神的には幼稚なケースも多いもの。たとえば、奥さんの食事に文句言ったり、平気で店員に上から目線で対応したりね。

 

娘は、一般的な同世代の子ができる多くの活動を自立して取り組むことができません。とはいえ精神的な面において、実年齢より遥かにマチュリティが高いように感じることもあります。※マチュリティ:成熟度・十分な成長について

 

我が子のことは「手前みそ」に捉えてしまいがちですが、なるべく俯瞰的に考えてみました。娘の視点で、本人が喋れたらと想定して書き綴ります。

娘:0歳~1歳

私は、生まれて10ヶ月~1歳1か月の3か月の間で寝がえりから歩行の全てを達成!抱っこされなくても移動できる体を手に入れた。

 

スゲー!景色が違うー!

 

この頃の私は、テレビに夢。中でも、Eテレを見て踊れる二足歩行を手に入れたことは大きな成長を感じた。逆に、嫌いなものは離乳食。グロテスクだし臭いもきついし、スプーンで口に寄せられただけでマジでイラっとする!

 

私は、おっぱいしか飲まないってきめてるんだよね。

娘:1歳~2歳

なんだか、この頃から生きるのがめちゃくちゃ不安になってきたんだよね。

 

具体的には、太陽は眩すぎて、公共の場は耳障りな音だらけ。全部の音が入り混じった声で聞こえてくるし、どこにいても不安。自分の居場所がない気がして私は常に走り回ってた。

 

毎日が苦しくて辛くて、夜中に毎日目が覚めるんだよね。不安で寝れないんだ。あと思い出しちゃうんだよね、日中の怖かったこと。

娘:2歳~3歳

2歳の誕生日、女王さま気分だったよ!

 

使い方わかんないけどアンパンマンの玩具もらった!食事はいまだに多くのものがグロテスクにしか思えないけど、唯一好きな唐揚げとおやついっぱい食べさせてもらった!

 

本当に幸せだったなーなのに…

 

その直後、ママが1週間消えたんだよね。私は、おじいちゃん・おばあちゃんの家に預けられて不安が強まった。

 

やっと、ママが帰ってきたと思ったら赤ちゃん抱っこしてる…誰、その子?

 

ママは私だけの世話役だったのに、奈落の底に落とされた気分。

 

人生最強のショックだったー、そんな2歳。

 

「私これからどうなっちゃうの?」と、マジで怖かった。不安で苦しかった。益々寝れなくなったし、その気持ちをどう表現すればいいのか分からず、ずっと紙を黒で塗ってアピールしてたんだよね。何枚も何枚もまっくろにしてた。

 

そういえば、ママも含めてみんな口をパクパクさせてなんか音出してるけど、あれなにしてるの?って思ってた。今振り返ると、あれは会話だったんだね。

 

会話で気持ちを表現することを知らない私は、感情の表現方法がわからなかった。それどころか、自分の中に沸き起こる「不安」「恐れ」「怒り」などのネガティブな感情が何なのかすら分からない。喜びだって伝える術が分からない。結果として、パニックになりコントロール不能。

 

このころから、ますます寝れなくなった。

娘:4歳~6歳

私は、幼稚園に入れられた。

 

ママのいない幼稚園は、私の後ろについてくる女の人(加配職員)に頼ることにした。

 

幼稚園という場所は、とにかくストレスだった。常に耳を突き破るような子どもの泣き声や各種行事。とにかく毎日が怖くて仕方なくて、ますます寝れなくなったしパニックが頻発した。パニックは自分でも全くコントロールできなくて、ママやお友達、先生を何度も噛んでしまった。

 

多くのクラスメイトには普通にできることが、自分には無理だった。自分の成長の頭打ちを食らった。

 

大人になって挫折すると、そこで「心折れる人」と「成長する人」に別れるみたいだけど、私は見守られながらメンタル的にはかなり成長したと思う。

 

そんな私からひとつお伝えしておこう。「頑張ればできるよ」って言葉は、頑張ったらできる範囲のことしかやってこなかった人のいえること。人にはどんなに努力しても手に入らないものがあるんだよね。それを子どものうちに知った私は…ラッキーなのか早すぎる傷になるのか…。それが分かるのは、きっともっと大きくなってからだろうな。

 

私のママはよく泣くようになった。私のせいのような気がする。大切な人を傷つけるツラさも、私は子どものうちから知ってしまった。

娘:小学校低学年

やっと幼稚園にも慣れた頃、私は小学生になった。不安だったけれど、今までも知らない場所を訪れる経験は幾度か克服してきたから、きっとここも大丈夫だとは思ってる。それに、ここは幼稚園よりはクラスの人数が少なくて心地いい。

 

私は「休憩」という時間がとても怖い。みんながは休憩時間が好きみたいだけど、私はこの何もしない時間を恐怖に感じる。この学校の大人達はそんな私に配慮してくれて「休憩に対応する課題」をくれる。

 

ありがたい!そうした些細な配慮から、信頼って生まれるんだよね。

 

この頃からママは弟と「会話」をするようになった。弟も一般的な人と比べると会話が遅かったらしいけれど「会話」は楽しそうだし、羨ましい。

 

ママは、社会の多くの人は発達障害を理解していないって不満そう。私は、子どもながらに定型発達の人達を理解できていると思う。定型発達の人は、会話ができ、多くの日常活動に自立して取り組め、パニックもない。案外いい線いってるでしょ。でも、どんなに理解できていたとしても、私の方から定型発達の人達に合わせることができない。だから、できればみんなに私のことを早く理解してほしいと思ってる。

娘:小学校高学年

発達障害は見た目には分からないといわれているんだけれど、体が大きくなり今ではママと背格好もあまり変わらない。

 

そんな私が、公共の場で奇声をあげたり、大声で歌いはじめたり、踊ったり、駆け回ったりする姿をみれば、障害を抱えていると伝わるようになってきたみたい。

 

障害があると伝わってはいるのに、周囲からは白い目でみられることも多い。温かい眼差しを持っている人達も、私と私たち家族の混乱に対して、手の差し伸べ方が分からず通り過ぎて行く人も多い。

 

同級生の女の子達の多くは、人と同じことをできる身体をもっている。また「これでいい?」と、不安なことは大人に確認しながら自己肯定感を高めて成長できる。輝いて見える。

 

一方で私は正反対。人と同じことができない身体で「どうしたいの?」と問われながら生きている。「どうしたいのか」なんて、私にも分からない。生き方の正解がない中で、自分に問いながら生きるの感覚は、多くの人は大人になって初めて体験することだと思う。

 

私は、コントロールのままならない体で、自分が人と違うことを理解し、年齢に相応しない生き方の問いかけをしながら成長しています。

 

12歳の発達障害の私には、負担が多すぎるのではないでしょうか。ただでさえ、ハンディのある心身なのに。

まとめ:自閉傾向の強い娘の成長について

自閉傾向の強い娘の視点にたってみると、本当に大変だとおもう。

 

でも、大変だからこそ成長する。だから、この子は年齢に相応しくない数の試練を乗り越えているだろうし、私が与えることができるアドバイスなどほとんど皆無。唯一与えてあげられるのは愛情くらいかなと。

 

来年からは、施設で暮らします。そこで与えられる課題は、私だけのものなのかどうか…。ここまで読んでくれたみんなは、今一度考えてみてね!

 

今日は、ここまで!

 

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