私の子ども達は、2人とも自閉症です。
娘は、2009年生まれ。
特別支援学校に通う女の子。2021年の春から、小学6年生になります。
息子は、2011年生まれ。
特別支援学級に通う男の子。20201年春から、小学4年生になります。
私は1979年生まれで、ひとり親をしています。2021年の春に42歳になり、もう若くないため疲れやすい。
「子ども達が自閉症ではなかったら、どんな人生だったのだろう」
「子どもを持たない選択もあったのにな…」
親としては最悪の発言だと思います。だから書こうか悩みましたが、やっぱり書いておこうと思います。子ども達2人との暮らしは、私の人生においてとても大切なことだから。
今回は自閉症児を育てながら「私の頭をよぎってしまう悪い考え」を言葉にします。そして「自閉症の子どもを授かったからこそ、得れるものとは何か」についてもお伝えしたいと思います。
どこかの、お母さんのお役に立てれば幸いです。
自閉症育児をしながら、頭をよぎってしまう悪い考え
育児をしながら、何度か頭をよぎったことがあります。
「この子達が、自閉症ではなかったらな」
「子どもを持たない人生を選んだのならば、この苦労を知らずに済んだのかな」
さらに本音を深掘りすると、このように考えることもあります。
「結婚しなければ、離婚もしなかった。違う誰かと結婚していれば…」
本気で最悪だな、と思いますが…いつも、そこまで考えて「はっ」と、我に返る。
なぜなら、違う人生を歩んだところで、私の子どもになる人は娘と息子だけで充分。何度生まれ変わったとしても、私のお腹から生まれてくるのは、この子たち以外は考えられないし、嫌だからです。
いつも、ここまで考え「なんて、酷いことを考えてしまったんだ」と思う。しかし、育児トラブルが続くとまた「この子達が自閉症ではなかったらな」と振出しに戻って考える12年間でした。
きっとこうした思考の正体は「愛情の中にある憎しみ」然り「憎しみを伴った愛情」なのです。
愛情というのは病にも似て、とても厄介。愛情さえなければ、この辛い日々から逃げ出すことだってできる。しかし、私はこの過酷な育児を世界一大切に思っているのです、愛情の力によって。
子どもを持つことで、生まれた母性愛のある人生。たとえ、その道のりが周りと比べて途轍もなく泥臭いものだとしても「他の子ども達だったらよかったのにな」とは思えない。幾度生まれ変わったとしても、この子達に会いたいと思ってしまう気持ちが「母性」という愛情なのだと思う。
私の子ども達|もしも、自閉症ではなかったとしたら
私の子ども達が、自閉症ではなく定型発達だったとしたら…どうだったのでしょうか。
- 自閉症の診断によって、奈落の底に落ちることはなかったでしょう
- ときどき冷たい感覚がする、この育児をしることもなかったでしょう
- 外出がとても、楽だったことでしょう
- もっと穏やかに、睡眠をとることが出来ていたでしょう
- 我が子が、お友達に噛みつくことはなく、頭を下げることも少なかったでしょう
- 幼稚園や保育園の教室のことや、小学校の就学に頭をかかえることもなかったでしょう
- 悩みや不安も、もっと少なかったことでしょう
- 偏食じゃなければ、お料理もお弁当も頑張って作っていたのかもしれません
- 娘の仲良しのお友達を通じて、ママ友が出来ていたことでしょう
- 親子ぐるみで遊んだり、お泊り会なんかもしていたことでしょう
なにより、我が子が自閉症ではなければ…
毎日、同じものをみて笑ったり、お喋りも出来ていたことでしょう。
娘が幼いころ「大好きだよ」と伝えると「だいききだよ」と返してくれていた。私はそれを「オウム返し」ではなく「娘の本心だ」と思うようにしていた。信じていれば神様は「運命を変えてくれる」と信じていた時期があります。
でも、これは私に与えられた人生だったようです。この運命と戦い続けることもできましたが、私は受け入れることを選びました。
私の生き方|もしも、子どもを持たない人生だったとしたら
子どもを持たない人生だったとしたら…どうだったでしょうか。
- 休日の朝は好きな時間に起き、夜は好きな時間に寝ていたことでしょう
- 自分の食べたいものを作ったり、外食したりして食事を楽しんでいたことでしょう
- 夜はぐっすり寝ていたことでしょう
- 丁寧にしたヘアメイクが、ここまで崩れることはなかったでしょう
- 人前で、大声で子どもに注意することもなかったことでしょう
- 公共の場で、頭を下げ続けることはなかったでしょう
- 大好きな旅行や、趣味を堪能していたことでしょう
しかし、子どもを持たなければ
- 「ママ」といって、全力で私を求めて抱きついてくる子はいません
- 全体重を私に預け、私を信頼してくれる子にも出会えていません
- 生まれたときの、あの喜びは何とも言えないものでした
- 育てながら感じる、あの可愛さを知ることもなかったでしょう
- そして、子どもがいない人生は、今や考えられません
育児がなければ、自分のためだけに生きるのに飽きて、社会貢献でもしていたのかもしれない。それはそれで素敵なことだけれど、誰のことも愛せていなければ、喜びに満たされるためには途轍もない遠回りや時間を要すことでしょう。
これは「自己愛」しか持たない人の、喜びに満たされる力量なのだと私は考えます。(独身時代の私のことですが…)
親というのは無条件に、子どもの喜ぶ姿が嬉しい。例え、何も恩恵が帰ってこないとしても、我が子が喜んでいれば嬉しいもの。これが育児の不思議である。おっかなびっくりだ。(古いな…)
そんな、おっかなびっくりな育児の中でも「自閉症児を育てる」というのは、もっともっと、おっかなびっくり。
自閉症児育児は人一倍大変。しかし、子どもが親を求めてくれたときには、何とも言えない喜びを感じる。ささやかな子どもの成長が、言葉にできないくらい嬉しい。これは、自閉症児の親にならなければ感じることができない感情なのかもしれません。
私が、自閉症診断を受けるまでに思い描いていた理想の親子関係は、死ぬまで達成されることはないでしょう。夢が夢のまま残っている限りは、いつまで経っても「ああ、子育て最高だった」と思うことはないのかもしれない。それでも、ときどき交わせる会話や、ときどき目があうことや、手を繋げたことに、途轍もない幸せを感じる。
ささいな喜びをを叶えるために、子ども達のことを愛し続けることができれば、私の人生はとっても充実したものになると思う。
自閉症育児をするということは、深い深い…ふかーい愛情を持たない限り無理なのだから。
おわりに|子ども達は、こんなママでよかったのかな
自分の気持ちばかり書いてきましたが、子ども達はどうなのだろう。
「もしも、子ども達の母親が私ではなかったとしたら」
私は料理もお裁縫も苦手です。息子に要望されたキャラ弁すら作れず、手作りのカバンすら作ったことがありません。それに、パニックの対応だっていまだに最悪です。向き合ってあげる時間も少ないし。
料理好き、裁縫好き、育児好きの人はこの世にたくさんいます。それに支援者の人たちは、障がいへの理解にも長けていて対処も対応も上手い。そのような人たちが、この子たちのママなら人生はもっと素敵になっていたのだと思う。
でも、子どもは凄いのです。偉いわけでも正しいわけでもない私のことを、常に信じてくれている。多くの失敗を繰り返し、迷惑をかけまくっている私。そんな母を、いつも許してくれる子ども達に「ありがとう」の気持ちでいっぱいだ。
だから、ちゃんと理解するようにしている。周囲の人たちは、サポートやアドバイスはできるのだけれど、私の代わりはできない。代替の効かない「愛情」。こだけは、いつも胸に持ちつづけよう。そんな風に感じています。
親とさえ、スキンシップやコミュニケーションで関りをもつことが難しい自閉症児たち。この気難しい子達を育てながら「子どもが自閉症じゃなかったら」とか考えずに、幸せを感じる方法があるとするならば…
この子たちの喜びを自分の喜びとして心から喜ぶこと。そして、自分自身も「自分をごきげん」にし、笑顔を絶やさぬようにすることなのではないかと思う。
そういう人でありたい。親としても人としても。