「支援会議って何のためにあるの?」福祉と医療の支援会議の在り方の違い

自閉症児を育てていると、定期的に行われる支援会議。

 

支援を必要とする子どもが安心して学校生活や、放課後デイサービスで過ごせるように、福祉関係者とその親・教職員が情報を共有する会議のことです。

 

我が家の娘と息子も、それぞれに年に1度の支援会議が行われます。しかし、歳月を重ねる度に「何のためにこの会議があるのだろう(こら)」と、支援会議の存在意義が見出せなくなっていました。

 

しかし先日、自閉症の娘の精神科病院への入院を機に、いつもの福祉関係者ではなく医療関係者と私との支援会議を行い、ここで私はひとつの答えにたどり着きました。

 

今回は、医療と福祉の支援会議の大きな違いについて、親として感じたこととして書き綴ります。結構、厳しめの今回の記事…福祉関係者の皆様、読むのを辞めるなら「今」です。

 

入院した経緯については、こちらからどうぞ。

「福祉」の支援会議について思うこと

最近、福祉関係者(放課後デイサービスの職員の方々など)との支援会議にやる気が出なかったんですよね。

 

さおり

大切な我が子のことなのに…
どうしても

「この会議を、やる必要があるのだろうか」
「会議によって、支援はより良いもになっているだろうか」

と、思ってしまうんですよね。

 

福祉関係者との支援会議は、毎年子どもの誕生月(年1度)に「福祉関係者(各放課後デイサービスの代表者)」と「学校関係者」と「私」で、開催されます。

 

誕生月に開かれるのは、市のルールか何かで制定されているためです。正直なところ、私はこの支援会議に全く意義が見出せなくなっていました。

 

平均して30分から45分程度の会議の中で、各デイサービスの代表者(娘は4か所・息子は3か所)と学校担任、私のメンバーで当事者(娘・息子)の状況を報告し合う。

 

この支援会議は、状況報告8割で終わってしまう会議なのです。
残りの2割は、ほぼ私からの課題提起。

 

さおり
・家でこんなことに困ってます
・社会との関りのようすは、私は知らないので、皆さんで困ってる部分を教えてください…などなど

 

 

集まらなくても、インターネットや電話・書面を活用して出来ることを、わざわざ集まって対面で開催されます。会議にも移動時間にも給与が出ている皆さんは気付くことはないかもしれませんが、個人事業主で有休もない私は労働時間を削って、無給でこの会議に参加しています。だからこそ、意味のある会議がしたい

 

「親だから、子どものために行動するのは当然でしょ」と言われそうですが、親だからこそ(ひとり親だからこそ)子どものために稼がねばなりません

 

「ネットや電話・書面で終えれえる会議」と「生活のかかった家族のための労働」を比較したときに、私にとって大切なのは後者なのです。

「医療」の支援会議について思ったこと

次は「医療」の支援会議について話しましょう。今回、娘がレスパイト入院したことにより、病院での話し合いを2回ほど求められました。

 

会議 メンバー 内容
1回目 ・担当医
・看護師
・病院のケースワーカー2名
・私
・娘の状況報告
・母の気持ちの聞き取り
2回目 ・担当医
・看護師
・病院のケースワーカー2名
・私
・相談支援員
・娘の状況報告
・母の気持ちの聞き取り
・現在の課題

・今後の提案

 

青字にした部分は、今までの「福祉の支援会議」には問い入れられていなかったものです。むしろ、これがないから「めんどうだなあ(こら)」と思った、会議に足りなかった部分でもあります。

 

一回目の会議では「入院後数日の娘の報告」を担当医を中心に報告を受けました。
【一回目の医療の支援会意義】

担当医・看護師・ケースワーカから見る娘の状況報告 母の感想と見解 担当医からの証言
・落ち着いていることが多い
・初日はそわそわしていたが、2日目からは落ち着いている
・周囲になれようとする力も持っている
以下2点が理由では?

・薬の増量によって落ち着いている
・関わる人が少なく、イラつく原因もすくないこと

そして「落ち着いていて良かった」という感想

・これからのことを考えていかなければならない
・もう少し様子をみて、次回に話しましょう

 

 

二回目の会議では「現在の娘の報告とこれからのこと」を担当医を中心に報告を受けました。
【一回目の医療の支援会意義】

担当医・看護師・ケースワーカから見る娘の状況報告 母の感想と見解 担当医からの証言
・落ち着いていることが多い

 

「落ち着いていて良かった」という感想 ・「母子分離」をしませんか?

今後の提案として「母子分離」を提案されました。

 

ここでいう母子分離とは、「娘の生きる力をつけるため」に、娘を宿舎に入れ親と離れてくらすことを提案されました。事実、身体も大きくなり母親一人では対応しきれない部分もある。大きくなってからでは修正が効きにくくなるために私と娘、それに息子のことを思っての提案です。

 

ここで問題になるのが、近くの宿舎に空きがないため「遠くの学校に転校」になります。これからのことを考えての提案を受けました。もちろん、母や娘のメンタル面、転校などの手続きや申し送りも含め課題の多さもサポートして一緒に考えていこうという意欲的な案も含まれています。

 

もちろん、娘と離れて暮らすなどすぐに答えが出せないことですが、我が家の問題を洗い出し、課題を提起してくれる会議に私は驚きました。母子分離についていては近いうちに進捗を負いながら記事を書いていきたいと思います。

 

情報共有で終わる会議ばかりを繰り返していた近年。身内でない我が家に、本気で寄り添ってくれる人などいないと、半ばあきらめ始めていたのも事実です。

 

全員がそういった考えではありません。もちろん中には我が家のことを一生懸命考え、寄り添いたいと思っている人もいます。しかし、そこを支える制度が無いために結局のところ何も進捗がなく「情報共有会議=障害を抱える子の会議」とされていたことを残念に思っていた私には衝撃的でした。

 

物事をよくしていこうと思えば「課題」と「提案」はセットでなければなりません。会議の経験が増え、情報共有の上手さや司会進行力だけが上手くなっても意味はありません。それは司会業のプロです。

 

アウトプットの飛び交う会議、この感覚を久々に感じたのです。そして、さまざまなアウトプットが飛び交う中で「私が母親という立場から出来ることは何があるのでしょうか?」と、私からもアウトプットを投げかけることも出来ました。

 

自閉症児を育てる中で初めて感じた「最も意味ある会議」だったように思います。

会議ってなんだっけ?

そもそも、会議って何でしょう。会議に一番必要なことって何だと思いますか。

 

それは「意思決定のプロセス」だと、私は考えます。

 

毎年定例の福祉支援会議では、大人たちが自閉症児の「情報」をシェアしていますが、毎年内容は大きく変わらない。

 

そう感じるのは何故でしょうか。

 

理由は「意思決定のプロセス」がない、すなわち「誰も本気で考えていないから」です。みんな「支援計画書」をつくるため、「母親の困っていることを聞くため」に会議のため情報の授受しかしていないからです。

 

「これからをどうするのか」「現在の困り感(親や当事者・支援者)を解決したい」と思ったときには「自分の出来ることは何か」「課題解決法はどういう手順で行えばいいのか」「足並みを揃えるためには何をすればいいのか」と、疑問が増え、ディスカッションが始まるのが普通です。

 

毎年同じ会議を繰り返し内容も大きく変わらず、情報の授受を繰り返すのは、「だれも本気で考えていないから」ではないでしょうか。「報告」「情報収集」に必死で自分の頭で考えることを怠っているから…。今ある課題を解決するためには「情報の授受」とは別に「課題について考える力」が必要です。そこに気付かなければ、いくら情報が集まっても何ひとつ前に進みません。

 

結局、「お母さんの気持ちや該当児の気持ちに寄り添いたい」とだけまとまり、「見守りたい」で終わってしまいます。その結果が、毎年の情報授受会議を延々と続ける理由です。

 

しかし、情報収集を有益な会議だと思っている人がどこの世界にもいるものです。もちろん知識を詰め込む作業(インプット)が好きで、これといった課題のない定例会議なら、延々と情報収集・共有していればいいでしょう。ですが、趣味は支援の場に持ち込まないでください。

さらに、支援計画書って何だっけ?

さらに、もうひとつ私の考えをお伝えしておくと、支援者は障害者一人ひとりに「個別支援計画書」を作ります。

 

個別支援計画書は、支援者が障害を抱える子(大人)に何を目標にして関わっていくのかを示す指針計画表です。

6か月ごとに更新を行い発達の成果を図ることが目的です。

 

この個別支援計画書を作るのは大変だと思います。ですが、「この計画書を作って、支援者のあなたは何が出来るの?」ってことです。立派な計画書を作って「この子は、ここを目標にしています!」と、アピールする人がいますが「それで?(こら)」と思ってしまうんです。

 

計画書はあくまで情報収集をもとにして考えた記録と予想ですが、問われるのは「その計画書によって、その子は何が出来るようになったの?」ということです。私は計画書より「実績報告書」の方が見たいわ…といつも思っています。(そんなものは、きっとない)

 

発達障害の子達は大勢のいる場では、習得が難しい子も多いために、慣れた場所で計画を達成するスモールステップもとても大切です。でも、そのスモールステップが多くの場所でも発揮出来るようになっていかなきゃ、本人だけでなく毎日をともに過ごす家族だって生きやすくなったとは言えない。

 

この場合、一番達成感を感じているのは個別支援計画書を作った本人です。

 

厳しめでしたか。
私がずっと考えていた本心です

 

今日は、ここまで。

 

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