障害児の親をサポートする福祉は「今後も作られないだろう」って考察

こんにちは、さおりと申します。

私は、この子たちのひとり親をしています。

👧2009年生まれの特別支援学校に通う、自閉症の女の子
👦2011年生まれの特別支援学級に通う、自閉症の男の子

 

障がいのある子をサポートする福祉はたくさんありますが、障がいのある子の親をサポートする福祉は今のところありません。

 

現に、保育園や学童保育は働く親を助けてくれますが、放課後デイサービスは親の就労状況に関係ないために就労証明も提出不要な代わりに、夫婦フルタイムの共働きだとしても預かって貰うことが出来ないケースがよくあります。

 

放課後デイの預かりの問題だけでなく、特別支援学校は学校の開校は遅いし、自宅から遠い場合が多い家庭だって多いのが現実です。そうした事実があるために、障がいのある子の親の就労率はとても低いと言われています。

 

私のように「障がいのある子の親の福祉が足らない」と実際に声に出している人、声をあげないけれど困っている親は多いです。

 

しかし、この問題が報われる日は来ないのではないかなあと悲観的に思っていますし、いくら声をあげたところで自治体や国には届きにくい問題だとsallyは思っています。なぜでしょうか。

 

障害児の親をサポートする福祉は「今後も作られないだろう」って考察

 

非常に好き勝手な障がいある子の親の適当な考察なので、そのあたりご了承ください。しかし、ここは私の運営する発言の場なので書いておこうと思います。

 

理由は、この2つ。

 

理由①国は票で動く

もう、これに尽きます。

 

「生活保護」「年金制度」「障害者年金」といった国のお金の制度作ったり、税収によって集めた国のお金を「誰にいくら支給するのか」を決めるのは政治の世界に居る人々です。

 

政治の世界にいる「政治家」と呼ばれる人たちが一番欲しいものは「支持率・票」なんですよね。

 

現在の日本には65歳以上の高齢者は3500万人以上いる一方で、20歳未満の障がいのある子たちは70万人程度
※実際に子ども達は「投票権」はありませんので、その親となります。両親揃っている場合もあれば、ひとり親や親がいない場合もあります。

 

すこし考えてみて欲しいんですが「3500万人対70万人」では、どちらの気持ちに(票)に寄り添うような演説をする思いますか。誰に向けての制度を手厚くするでしょうか。

 

3500万人と70万人ですよ。「高齢者向けの制度」と「障がい者の親のサポート」は極論ですが、「年金」「保育所問題」「住宅補助」…と、制度上の敵は多いのです。

 

理由②政治家の暮らし

それに、生活が違うんですよ。政治家の中にも、家族に障がいや病気を抱えている人もいるのかもしれません。でも確立としてはとても低い。

 

家族の中に障がいを抱えた人がいたとしても「夫婦揃ってフルタイムで働くために、預かって貰わないと困る」という家庭は、限りなくゼロに等しいと思います。

 

「障がいのある子は支援が必要だ」という認識は一般的にも浸透していますが、「障がいある子の親に支援が必要だ」という認識は当事者にならねば気付きにくいことなのです。

 

例え気付いたとしても、やっぱり他人の家庭のことって「他人事」なので、よほどの熱量がなければ自分の労力を割いてまで頑張るって難しいことなのですよ、きっと。

 

おまけ:手当が支給されてもきっと足りない

私自身がひとり親になってみて初めて知ったことなのですが、ひとり親のために支給される「児童扶養手当」で、生活が救われる人もまた限りなくゼロに等しいのです。その足りない手当も、満額を受け取ろうと思えばかなり低い所得でなければいけません。

 

暮らせないほどの低所得のひとり親が「満額支給の児童扶養手当」(5万円程度)で、子どもを育てていけるとおもいますか。

 

それと同じように「生活保護」なども足しにはなるのだけれど報われないことが多いようです。最低限の生活は保証してもらえるのだけれど「預貯金を持ってはならない」など「うそでしょ?!」って制限がいっぱいあります。

 

制度としても「DVを受けた女性の支援」「子育て相談の窓口」などはあるのだけれど、相談したところで報われない人もたくさんいます。実は日本には、制度も手当もあるのだけれど報われないということがいっぱいあるのです。

 

じゃあ、どうすればいいの…っていう話

 

国が動いてくれなことに対し「日本ヤバい」と苦言を吐きつつ、国が変るのを待っていては時間がもったいない。

 

国が動くには時間がかかるし、どういった方向に変わるのかなんて誰も分かりません。待っているだけでは時間だけを消耗し、そうこうしているうちに子育ても終わっちゃうかもしれないんですよね。

 

だから、個人で動く。個人で動くなんて出来ないよって思うのかもしれませんが、こうして小さく発信していたりすれば「似たような考えの人」が集まってくるかもしれない。自分で発信するのが不安なら発信している人の所へ気持ちを添わせればいいんです。

 

同じような気持ちの人が集まれば、ひとりでは出せなかった新しいアイディアが出るかもしれない。アイディアが行動に変われば、障がいある子の親が働きやすいような就労だって生み出すことができるかもしれない。

 

気付かないところで、世の中が動いている

個人の力は小さいし、最終的に暮らしを守ってくれるのは「国の制度」や「企業の福利・給与」だけだと思ってしまいがちですが、そんなことありません。

 

「Google」「apple」「Microsoft」「Amazon」…といった世界に名を連ねた大企業は、私達の暮らしを支えてくれるように変わりました。

 

初めて子どもが熱を出したときの不安を覚えていますか。あの時「Google」が最寄りの病院や対象方法を教えてくれた。その「Google」が組み込まれているスマホやタブレット・PCは「Microsoft」「apple」が作ってくれているんですよね。

 

最近は買い物もかなり楽になりました。オムツとかの大きなものって、小さい子を連れての買いに行くの大変じゃないですか。それもネットショッピングに助けて貰える。特にオムツなんて「Amazon」で買えば、めっちゃ安い。

 

ひと昔前までは育児を助けてくれるのは国や会社の制度、それに親や家族といった身近なセーフティーネットだったのですが、今や大企業が「育児」や、私達の「生活の困り感」に寄り添うように時代が変化しました。

 

もちろんサービスに対する対価は発生していますが、何にいくら使われているのか不明な税金よりも「安価で良心的な値段」として自分の財布から直接支払うって気持ちいいじゃないですか。

 

大企業のような力はないんだけれど、小さく世の中を変えていくことって、個人でも可能な気がしてならないんですよ。

 

これからは目に見えて、世の中が動いていく

少子高齢化が進み、今後「税収」だけでは高齢者を支えられないという話は有名です。

 

上述した「理由①、②」の仮説が本当に当たっていれば、弱者の支援はこれからもっと手薄になっていくのではないでしょうか。

 

だから「国」「自治体」といった公的な従来の場に依存しすぎるのではなく、個人で作り上げたプラットフォームや私なセーフティーネットや団体を作ったり加入したりするって物凄く意味のあることになってくると思う。

 

私も、そういうことの中心人物となっていきたいなと思っています。

自閉症の子を育てるとは

 

当事者の私がこんなこと言えば大げさに聞こえるかもしれませんが、自閉症の子を育てるとは「うつ病」「虐待」「育児放棄」などといった社会問題と非常に近い場所にいる育児だと思っています。

 

誰かと繋がっていなければ「正気」でいるのは難しいとさえ思っています。大げさでしょうか。

 

私が良くないと思っていることのひとつに、弱者がより弱者になっていくこと。障がい者も経済をまわせると証明して、労働資産として歓迎される社会がこなくちゃ生き辛いったらありゃしないですよ。

 

だからこそ「福祉の整備」や「社会の理解」については、当事者家族として声をあげていくことがとても重要だと思っています。

 

「親が働きづらい」「収入源の確保が難しい」という問題に対しても声をあげて、国に助けて欲しいところですが日本の福祉は私達一般人が想像する以上に課題が山済みなんだと思います。

 

なかなかチャンスは回ってきそうにないので、障がいがある子のお母さん達も効率よく働ける環境障がいを抱える人当事者も、一般的な収入に近い額の報酬を受け取りながら経済をまわせないかなあと…思ってしまうんですよ。

 

夢が大きすぎですが、そうした仕組みを個人で作れないかなあなんて思っています。

 

インクルーシブ教育が浸透していない日本社会では、まだまだ障がい者当事者やその家族は生き辛いとおもいますので、もっと理解が深まると嬉しいです。

 

色々と自閉症育児しながら思ったことを呟いているので、またブログを見に来たりTwitterで繋がったりして下さい。

 

今日は、ここまで~♪

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