【自閉症とひとり親の暮らし|2学期編⑦】心が壊れる前に

今日は、2021年10月30日(日)。
今年も残すところ2ヶ月。

 

我が家は、生活弱者ともいえる3人暮らし。

  • 特別支援学校に通う小学6年生の娘(2009年生まれ)
  • 特別支援学級に通う小学4年生の息子(2011年生まれ)
  • ひとり親でフリーランス業の私(1979年生まれ)

 

自閉症児育児は、ネタが尽きることがない。夏休みがあけ、2学期になってからは本当に大変な毎日でした。このブログを読んでくださる方の中には、我が家のことをリアルに知っている人もいて、どこまでの状況を書き綴っていいのか迷うところです。

 

だけど自閉症児育児をする上で、とても大切なことなのでやっぱり書きのこしておこうと思います。私にとっては、とても大きなことだったから。

 

***

 

小学校6年生になると同時に、精神状態が過去最高に不安定になった娘。言葉でのコミュニケーションが難しい娘なので、苦しみの原因を聞くことはできません。そんな娘は昨日の夜、本年度3回目のレスパイト入院をしました。

 

ここ1か月、自宅でのパニックや睡眠障害が激増。もちろん、一番苦しいのは娘。ただ、息子も相当な我慢をしていたと思います。そして、私も。

 

娘はパニックになりたくてなっているわけではありません。本人も、パニックに発展しないように必死努めているようすが伺えました。自分なりの方法で気持ちを落ち着けようとしていることは、親として痛いほどわかっています。でも、結局はパニックになってしまう。

 

そんな毎日に、家族全員ツラい思いをしていたのは確か。ただ、それだけなら何とか乗り切れたのかもしれないと思う。一番ツラいのは、(自然な形で)社会が助けてくれないこと。助けてくれるはずの支援は、平日昼間しか稼働していない。育児は365日24時間なのに。

 

福祉の制度は、有る無しでいえば有る。でも、本当に利用したいときには対応できない制度の方が多い。

 

度重なる外的要因によって、障害児育児は何十倍も苦しみを増します。大げさに聞こえるでしょうか。でも、実際そうなのです。

 

支援という頼み綱を「断り」という形で切られるような感覚は、母親の生きる力も奪い取ります。それと同時に、育児する気力も失せてしまいます。

 

私は「自分の弱さ」を自覚し、自分の心が壊れぬように意識して育児してきました。

 

心は一度壊れると、元の状態に戻るのに相当の時間を要すであろうこと。もしかすると、もう元には戻らないかもしれないこと。この子たちを育てる人がいなくなれば、この子たちの人生は大きく揺れる。だから、それだけは避けたかった。

 

子ども達は、私が適切な支援ができていないとしても、そんなことどうでもいいはず。だって、子どもが親に求めることは、適切な支援ではなく愛情なのだから。

 

***

 

それが分かっていながら、ここ2~3日で私は親としての愛情を与える活動を辞めてしまいました。娘に噛みつかれても無反応。何を壊そうと、どれだけ暴れようと知らんふり。

 

ただ食事を作って提供し、風呂に入れ、ドライヤーをし、布団を敷き、薬を飲ませる。血が滲むほど噛みつかれても、「痛い」と声をあげることもない。朝、子どもを見送ることもできなくなっていました。

 

最低限の活動をサポートできる気力があったのは、山積みの仕事と運動という日常的な趣味があったこと。その2つが私を支えてくれていたと思います。とはいえ、心的に限界でした。

 

気力の頭打ちになってから2日目の夕方、放課後デイサービスへ迎えに行った帰り、車内で娘がパニックに。帰宅後、娘が私に噛みついたことを機に、これまで我慢していた息子がとうとうパニックに。

 

暴言と暴力が止まらない息子。このまま、どちらかが死んでしまうのではないかと思ったときに、病院へ電話。福祉も医療の支援も断られ続ける毎日でしたが、やっと受診までこぎつけました。そして、そのまま娘は入院。

 

SOSを出せた私は、まだ心が生きていたのでしょう。いえ、心は失われつつも母親の持つ本能による行動だったのかもしれません。人手が足りぬ中で、レスパイト入院を受け入れてくれた病院に感謝です。夜8時に診察をしてくれた医師に感謝です。

 

それが、昨日のこと。

 

***

 

壮絶でストレスが強い毎日。

 

このような暮らしの中にも、私は子育ての喜びを山ほど感じています。育児を通して、自分の不甲斐なさを知りました。また、失敗だらけの私を、いつも許してくれる子どもたちの優しさを身をもって知ることもできました。この子たちが、どれだけ多くのことを私に与えてくれたかも、感じています。

 

一方で、私は障害者の家族が自分を全て犠牲にすることが、福祉の正しい解決方法とは思っていません。親が子どものために犠牲になる話は美しくもありますが、こうした風習を残していくことが最善策だとは思えません。

 

障害について「才能」「個性」などといった綺麗ごとで片づけることも好きではありません。そんな言葉でまとめられて、よかった試しがありません。障害児育児は、本当に難しいのです。

 

今回のレスパイト入院によって、私は家族が壊れるギリギリの状態から救われたと感じています。というわけで、課題もみつけました。これからも、家族誰一人心が潰れないようための手立てをみつけること。より一層、ひとり親として芯をもった生き方をせねばと思っています。

 

障害児育児とは、支援者にどれだけ囲まれていても、全く思い通りにいかないし泣くことばかり。だからこそ、障害者の当事者家族として、声にしていくことが私にできること。

 

この子たちが「障害児じゃなかったらな…」とか「もう少し、福祉制度が整った時代に生まれてみたかったな」という気持ちもあります。だけど私は、この2人の親になることができて心からよかったと思ってる。違うだれかじゃなくて、この子たちの母になることができて、本当に感謝してる。

 

だから、2人の将来のために、できること全部やってみるね。

 

今日は、ここまで。

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