【自閉症の娘と母子分離①】他人の人生を決めていくという選択について

先月、娘が自閉症の特性による問題からレスパイト入院(緊急措置入院)をし、病院側から「今後の課題」も提起してもらいました。

 

具体的には「生きる力をつけるために宿舎へ」という提案で、要はこれを機に母子分離となり一緒に暮らさなくなるということです。私は現在この課題に悩んでいます。

 

結論が出るまでのあいだ【自閉症の娘との母子分離】と題して、シリーズ化して進捗を辿っていきたいと思います。これからの自閉症育児を歩む方にとってのお役に立てば幸いです。

 

第1回となる今回は、「自閉症の娘との母子分離」を医師に提案されたときのことをお伝えします。さらに、決断を思い悩む親としての気持ちを書き綴っていきたいと思います。

母子分離の提案内容について

娘がレスパイト入院(緊急措置入院)を3週間している間に、医療メンバーと支援会議が2回ありました。

 

  1. 1回目の話し合い…親と医療メンバーでの、娘についての報告。
  2. 2回目の話し合い…1回目の同メンバーに福祉相談支援員が加わり、医師から「今後についての提案」を受けました。

 

 

医師

実際に、娘さんも身体も大きくなり、家庭での過ごしの中でお母さん1人での対応が難しい時期が来ていると感じます。

一度、施設に入って学校へ通い親元を離れくらしませんか。
支援者の中で、暮らすことで「生きる力」をつけていけるように考えてはどうでしょうか。

 

 

2回目の会議に福祉相談支援員が呼ばれたのは、このためだったでしょう。おそらく既にこの話が病院側から相談支援員にされていて、相談支援員に入所施設を調べて貰うように話してあったようです。

 

その場で相談支援員から、県内の入所施設の空き情報を紹介されました。

 

【県内の施設の空き状況】
施設 本年・来年度
空き状況
現在の自宅からの距離 転校
施設A 約7㎞ 不要
施設B 約50㎞ 必要
施設C 約80㎞ 必要
施設D 約90㎞ 必要

 

図からもわかるように、医師の提案通り「親元を離れて生きる力」を付ようと思った場合は、転校が必要となります。図の距離を見て頂ければわかると思いますが、母とは簡単に会えない距離での暮らしにも繋がります。

 

「親元を離れて生きる力を付ける提案」は、もっともな正論であることくらい理解はしています。女で一人で、私より大きくなっていく自閉症児を育てることは可能かもしれません。しかし、支援の面まで手が行き届くかと言われれば、何も言い返せません。しかし、このとき私には即答することなど出来ませんでした。

 

※現在の進捗状況は、「施設D」とその近くにある特別支援学校の見学へ来週行くことが決まっていますが、まだ決めたわけではありません。少しずつ腹を括れるように、行動…もがいている状態です。

決断の速さには自信がある私が、決断できない

自分で言うのもなんですが、私は何事にも決断が速い方だと思います。「やるのかやらないのか」「行くのか行かないのか」「買うのか買わないのか」、多くのことを即決出来ます。ときに「どうしようかな」と悩むこともありますが、深く悩んで迷宮入りするようなことはありません。

 

決めたことが結果として納得のいくものではなかったとしても、「なんで上手くいかなかったのだろう」と分析し、また次のステップへ進むことを癖づけて生きてきたので、周囲から見ると立ち直りも早く見えるかもしれません。

 

そんな私も、今回ばかりは迷宮入りしています。それに、考えると涙が溢れてしまい、大切なことを考えるのに適した状態とは言えません。

 

こんな状態に陥っているのは「自分以下外の誰かの人生を決める」ことが、それだけ難しいことなのでしょう。完全に私の思考キャパシティを超えています。

 

障害によって社会的にも年齢的にも弱者の娘。支援が必要なこの子をずっと、誰よりも近くで長い間見てきたから「何でも知っている」つもりでいた。でも、人生に関わる大きな判断を迫られて初めて知ったのは「私は、この子のことを何も知らない」ということ。

 

それでも決断者は私なのです。発達障害を抱える子の親として、この子にとってのベストな判断を迫られている。

 

私は今まで、この子の何を見てきたのだろう。
なぜ、こんなにもこの子の気持ちが分からないのだろう。

人の人生を決めていくということ

あんなにも週末の育児が苦しいと思っていた私ですが、それでも我が子は誰よりも愛おしいし、まだ毎日一緒に食事を食べたいし顔も見たい。これは、生物学上の自然な「愛」なのでしょう。

 

一般的な育児をされている方が経験する、言葉を覚えていく可愛さ、求められたり、喧嘩したり、友達と遊ぶようになったり…そして、最後には自分の意志で「こんな風に生きていきたい」と巣立つまでの、その全部を体験したいとは言いません。

 

せめて、もっと求められて見たかったし、もう少し長い間一緒暮らして成長を見届けたかったな。たったの11年で事実上の育児を終え他人に手渡ってしまうと思うと、あまりにも悲しく悔しい。

 

子どものためを思うと離れるべきですが、なかなか決めることが出来ない。今は、私が娘に持っているのは「愛情」なのか「依存」なのか、それすら分からなくなりました。もし、依存の方が強いのならば、私は今まで一体何をしてきたのだろうと自分を残念に思います。

 

これまで、子どもに依存しないように「自立」を意識してきたはずなのに、矛盾だらけの自分のことを子ども達に本当に申し訳ないと感じます。

生きる力って何でしょうか

医師の提示するところの「生きる力」って何でしょうか。

 

「生きる力」で調べてみたら、文部科学省でも定義されていたし、多くの個人ブロガーの方が生きる力について発信されていました。障害者の生きる力は「依存先を作っておくこと」と、頼れる先を多く作って自立することなどとも言われます。

 

しかし、放課後デイサービスや特別支援学校、多くの福祉サービスの中で生き、頼り先の多い娘が私と離れてまで身につけなければならない生きる力ってなんでしょうか。私は、考え続けて2週間、まだ見つけることが出来ていません。

 

自閉症の娘の意志ではない第三者の「母子分離の提案」に、あなたならどう対応しますか。

 

選ぶのが怖い、不安に心が覆われている、誰の言っていることが信じるべきなのか分からない…、周囲は好き勝手正論を言ってくるけれど自分のキャパでは処理できなくて泣いてしまう。

 

私が今感じているこの気持ちは、自閉症の娘が生まれながらにして、ずっと抱えている不安感にも近いのかもしれません。近いどころか、娘の方がその何十倍ものプレッシャーを感じ続け、耐え続けているのだろ思います。目に見えない気持ちの部分が大きい自閉症の特性。

 

それを救い出してあげれるのは、誰なのか、何なのか。その答えを準備するのは、私には途轍もなく難しいことなのです。

 

今日は、ここまで。

 

娘が入院するまでの、入院日記シリーズはこちら。

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