【特本コラム#4】障害児の親…いや皆に宣告!自己紹介出来る人になろう

また…めちゃくちゃ背伸びしたタイトルになってしまいました。

 

でも、今も昔も強く思っています。
「障害児育児の苦労」を語るだけの人にはなりたくない。

 

専業主婦期間が長かった私ですが、あの頃は「(元)夫のこと」「子どものこと」しか語れない自分になっていくのが嫌で仕方なかった。

 

「誰かにとっての誰か」といったように…金魚の糞のように生きるなんて、私にとっては自分に呆れ、自分が情けなくなる状況でした。

 

私には「絶対なりたくない母親像」があります。それは、「私は、あなた達を育てるために多くを我慢してきたのよ」と、将来的に自分の苦労を子供に語ること。それだけは避けたい。でも、私のようなちっぽけな人間は、ちょっとの行き違いでやりかねない。

 

***

 

いえ、いいんです。ご主人の功績を語るのも、我が子の才能を語るのも。誰かを褒めるって素晴らしいことですよ。

 

でも、その人の家族として自己犠牲を払って支え続けたことを語り続けるのって、どうなんでしょう。あなたの魅力が全く勝たれていません。

 

「障害児育児に苦労して、やりたいことも我慢して来た母親です」
「私の夫は、年収2000万円でカッコいいです、私はその妻です」

 

もうこれは、自己紹介の主語が自分ではありません。誰かの肩書に活かされている状態で、家族のふんどしで相撲をとっているようなものですよ。

 

苦労をしたことも、素敵なご主人を語ることも否定しているわけではありません。それに、子育てをする中で、自分の時間なんて取れない時期がある。でも、思考はいつでも自由です。自分は「こういうことが好きで、こういう未来を思い描いていて、こういう人に憧れている!少しでもそんな風に近づきたい」と、自分を主語に語ることは、誰にだって出来るはず。

 

***

 

仕事でも同じ。「何となく、楽だからここで働いている」ではなくて「ここで働いたお金で、こういう勉強を始めたい」とか「将来的には、こんな仕事がしたいから、ここで下積みをしたい」とか、出来れば考えて欲しい。

 

「輝く女性」という言葉が独り歩きし始めて、そのキラッキラした言葉に何となく躊躇してしまいます。でも大丈夫。本当にやりたいことに取り組み始めた主婦っていうのはキラッキラして見えるだけで、本当は違う。泥臭い中を「これでいいのか…」と迷いながら、失敗や不安と戦いながら歩んでいます。

 

自分が仕事に何となくぶら下がっている状態なのに、我が子に「好きなことみつけなさい」なんて言える立場じゃないはず。私は、子ども達にはっきり言っています、「一緒に頑張ろう」と。

 

***

 

私の一回り年上の女性が話していた、印象的な言葉があります。

 

この歳になると自己紹介するときに「子どもが何人で、親の介護が始まって、犬(猫)と暮らしています」と自分の周りの環境しか語れない人があまりにも多いと…。

 

紹介する側の人に悪気なんてない。「それが無難な挨拶」「他人に配慮した挨拶」と思っている場合だってある。でも、やりたいことがあっても、口にするのが恥ずかしいって人もいるはず。

 

でもそれってね、まだ自分が一歩も踏み出してないから「恥ずかしい」と思ってしまうのであって、夢に向かって動き出すと10回チャレンジしたら9回は世間の恥さらしです。でも、諦めない限り失敗なんてないと、私は考えます。

 

障害児を育てることも、ひとり親をすることも、夫に尽くして生きることも本当に偉大です。人の世話ほど大変なことって、そうそうありません。それほど、大変なこと。

 

日本の女性達は長い歴史の中で「自分の気持ち」より、誰かのために自分を犠牲にすることが「美徳」とされた時代が長いし、今でもその風潮が残っている。そんな理不尽な風潮があるから、自己主張せずに無難な会話で仲間同士群れて生きることの方が、心の調和がとれる場合もあるはず。

 

でも「自分の気持ち」より、誰かのために自分を犠牲が美しいなんて、今の時代で終わりにしたい。女性が笑ってるる方が、家も職場も国もエネルギーがありますよ、きっと。そんな風に思っています。

 

***

 

そもそも、主婦やお母さんになった女性たちは「誰か(夫や子ども)のために、どう生きるか」ではなく「自分のために、どう生きたいか」を、考えたことありますか?一度限りじゃなく、何度も真剣に自分の生き方と向き合った人っているんでしょうか。

 

私が考える「大人」は、自分がどうありたいのか考えて行動できる人。

 

「主人に聞いてみないと分かりません」ではなく「私は、こう思うのだけど一度夫と相談してみます」と言える人の方が魅力的だし、「友達に相談してみなければ分からない」ではなく「私はこうしたいと思うけれど、みんなの意見も聞いてみたい」と言える方が素敵だと思う。(その違いは全て自分が主語)

 

そのためには、自分の考えを持つ習慣を身につけることが大切だと思います。私が常日頃思っているのは「他人に決めて貰ったことは、後に他人のせいにする可能性がありうる」ということです。

 

たとえ、失敗したとしても「○○に、そういわれたから」ではなく「自分で決めたから」と言える人と関係を持ちたいし、自分もそうありたいと考えます。

 

***

 

「じゃあ、自分は何がやりたいのか」となっても、分からない人がとても多い。

 

実のところ、私もその一人で「やりたいことが分からないまま人生を終えたくない」と必死で行動しています。多くの人にとって「自分のやりたいことを見つける」って、とても難しいこと。

 

私は「文章を書く」ということが好きで、ありとあらゆるところで発信していたら仕事が来るようになりました。業績が伸びたり、落ちたりしつつも、気が付いたら夢中になっていました。このブログだって趣味ではじめたけれど、多くの人が見に来てくれるようになり、今は「価値ある場」にしたいと考えるようになりました。でも「これがやりたかったことだ!」と満足しているわけではありません。まだ見ぬ自分に出会うためにもっと考え続けたい。

 

私の友達の話をしておきましょう。自分の両親と夫、子供3人と犬と暮らしています。彼女はパーティが大好きで、Instagram映えするような華やかな行事に、努力もお金も惜しみません。ときに妹夫婦や友人も巻き込んでいます。

 

もちろん、子どもの誕生日パーティー、家族での思い出作り、妹夫婦や友人のおもてなしといった、誰かのために頑張っているとは思いますが、一番は彼女がパーティが好きなのでしょう。でなければ、ワーママが、あそこまでパーティ準備へ奮励出来ないはず。自分の生き甲斐が誰かのためとなるって、素敵だなと思います。

 

彼女のように、まずは好きなことをやって行動してみるといいと思う。失敗したと感じたら、再チャレンジするか別のことに切り替えるかと、必ず自分で考える。そうした選択の積み重ねが「自分を自己紹介できる」要因となっていきます。

 

大きな夢を叶えるのは時間がかかるけれど、まずは自分に出来ることから始めて、経験を積み重ねるうちに「自分を語れる」人間になっていたというのはよくある話です。そうした、あなたの行動が誰かの心をうごかすかもしれない。

 

ハツラツとした人が増えることが、困っている人へ「手を差し伸べる」余裕にも繋がるし、自立した人が増えるということは国の貴重な労働資産となる人が増える国力UPに繋がります。

 

私もその一人になりたいし、そういう人たちを応援していきたい。そして、どんな環境の人も夢を語れる社会になるといいなと思います。

 

私の夢は「キャリアコンサルタント」になって、セカンドキャリアを考える女性の道筋を作ることです。

そして、いつか経済的にも力がついたらマイノリティの方々の支援をしたいです。

 

私が天国へ行く頃には「支援ってなに?」「誰もが豊かに暮らすのは当たり前でしょ」となっているといいなと夢見ています。そして、私の娘と息子が「最高のお母さんだったな」と思って生きてくれたら最高だなと思っています!

 

今日は、ここまで。

最新情報をチェックしよう!
>