【読本コラム#8】「ダメなら支援級へ…」は教育虐待、「親が理解がない」は理解虐待だと思う

毎年、暑くなってくると「就学相談開始の時期だな」と思います。

 

インクルーシブ教育の幼稚園に通っていたころ、私も含め障害を抱える子のお母さん達が「就学について」悩んでた。障害を抱える子と暮らしてなかったら、考えもしなかった「子どもの学校選び」で悩んでいた。

 

当然ですよ、我が子のこととはいえ他人の人生。親が決めて良いはずがない。意志選択を親に伝えることが出来ない子ども達の人生を、親が簡単に決めれるわけない。

 

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「教育虐待」という言葉は聞いたことがありますか。「あなたのため」という文句を活用し、親が子どもに強要する行き過ぎた教育のことを言います。

 

勉強が嫌いな子に対して「勉強しなさい」
スポーツが苦手な子に対して「頑張って続けなさい」

 

子どもの主張や反論を「あなたのため」といった一言で親が片づけるのです。私はこうした教育虐待が「就学相談」や「障害診断」のときにも見え隠れすると感じるときがあります。

 

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身体障害と違って、精神障害というのはある程度まで「定型発達の子」だと思って育てたところで障害が発覚します。生まれた瞬間から数年間「障害のこと」など何も疑わずに、我が子が成長していく可愛さを誰より感じながら母として共に暮らします。その間に多くの夢を思い描きます。

 

「この子を産んで人生が変わった」
「大きくなったら一緒にお買い物とか行きたいな」
「育児は大変だけど最高に幸せだ」

と、素敵な理想を思い描くのは母性と言われるDNAなのでしょう。私も、多くのことを思い描いていたように思います。

 

そんな幸せ絶頂期に「発達障害」と診断を受け、奈落の底に落とされるのです。2021年現在のことはよく知りませんが、私が診断を受けた2012年(娘)2014年(息子)のころは、自力で這い上がれと言わんばかりの風潮と手薄なサポートでした。(変わってるといいな)

 

医師の松永正訓氏は、発達障害を抱える子の親の半生について「親にとって子供の障害を受け入れるということは、期待した子供の死を受け入れることと同じ」と語られていました。私は、この意見を間違っていないと思います。

 

発達障害は、1歳半健診や3歳児健診で指摘を受ける子もいますが、健診では見つからないまま幼稚園や保育園に入ってから集団生活についていくことが出来ず、保育者の方から「発達に遅れがあるのでは」「特別な支援を受けてみては?」とアドバイス的に声をかけられることもあります。もちろん、親はなかなか受け入れることは出来ませんし、混乱します…きっと、それが普通。

 

知的障害を伴なっていなければ「とりあえず通常級に入れて、ついていけなくなったら支援学級・支援学校へ移ればいい」と、すぐに受け入れることを「ようすを見る」という形で拒む親もいます。

 

これが「教育虐待」の一種ではないかなと思います。でも、そこには悪気は一切ないし、自分の子どもの可能性を信じたいという愛情も含まれています。

 

でも「ついていけなくなった」と親が気付いた時点では、既に子どもは想像も出来ないほど傷付いていることでしょう。周囲からは、いじめにあっているかもしれません。いじめに至っていなくても「なぜ自分だけ出来ないのだろう」劣等感を過剰に感じているかもしれません。なかには、その苦しみを表現出来ず、閉ざしてしまう子もいます。

 

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子どもの主張や反論を「あなたのため」といった一言で親が片づける教育虐待と、支援を拒む親の教育虐待は似ているようで全く違います。支援を拒む親の教育虐待の裏には、周囲の「理解虐待」もあります。反対を言えば「理解」さえあれば救うことが出来るのです。

 

親は一番近くで子どもを見続けているので、我が子と周囲の子の違いに薄々とは気付いていますが「はい、そうですか」と、簡単に受け入れれるものではありません。受け入れるまでの時間を、怒ったり反論したりして葛藤しはじめます。

 

要は、怒って反論して強く見せておいて、傷付いているんです。そんなときに欲しいのは「正しい知識」でも「知見たっぷりの療育アドバイス」でもなく、「つらいね」という誰かが寄り添ってくれる気持ちです。

 

そうした親たちのことを支援者は「親が理解がない」「受け入れようとしない」と声を揃えて言います。しかしそれは、医師の松永氏が言うように、自分の半生が「期待した子供の死を受け入れること」になってしまう親の気持ちに寄り添えていない「理解虐待」だと、私は思ってしまいます。

 

理解虐待は私の作った造語です。しかし、「教育虐待」も「理解虐待」も、正論を叩きつけあい堂々巡りをするのではなく、「あなたが理解しているのは分かっている、でも受け止めきれないんだよね、少しでも子どもの可能性を信じたいんだよね」という理解によって、相手が心を開いてくれる可能性もあるのではないかと、私は考えます。

 

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私も発達障害の子ども達を育てているからこそ、知ったことも学んだこともあります。

 

先日Twitterでも呟きました。

 

 

とくに3、4行目に注目して貰いたい。
母子ともに、楽しく生きるよりも「楽(らく)に生きる」を忘れないで欲しい。
もうひとつ。
努力は自分を強くするけど、苦労は自分がダメになる
これも、間違えないでほしい。そして、私も間違えないように気を付けています。

 

毎日、その子に見合った授業スタイルで学ぶことが出来、みんなと同じでいることのための校則がほとんどない学校生活を送る娘のことを私は「お嬢様学校」と言っています。いつもそのように語る私に、息子が「僕もひまわり学級(特別支援学級)じゃなくて、養護小学校へいってみたいな」と言っています。

 

みなさんは、誰を理解し、誰に寄り添いたいですか。
私は、困っている人なら誰でも寄り添いたいです。
自分の知っている知見や正論を突きつけるのではなく、気持ちの面で。

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