【読本コラム#17】「つらいこと」や「ハプニング」への対処法

生きている限り
「なぜ、こんなことになるんだ」
「私は、どうしていつもこうなんだ」
「いつも私ばっかり、外れくじを引くんだろう」
…そんな風に思わされるような理不尽なことが、誰にでもあるはずです。

 

そうしたことが続くと
「自分には生きている価値がない」
「生まれてこなければよかった」
…そのように、感じてしまうこともあるでしょう。
これが、世の常、人の常というものです。

 

自閉症2人とひとり親で3人暮らしをする私達には
「なぜ、こんなことになるんだ」
ということ数多く経験を積んできました。
未だに回避方法は分かりませんが
日常茶飯事すぎるため、慣れてしまいました。

 

しかし
ときおり襲い来る
想定範囲を超えるほどのハプニングに対しては
今まで培ってきた強みも自己肯定力も
一瞬でぶっとぶ。

 

今回は、そのようなときに「私がどうしているのか」ということをお伝えします。誰かのお役に立つことができれば幸いです。

 

***

 

一早く
絶望的な状況から立ち直るためには
同じできごと・問題を
違う視点・側面から見ることです。

 

例えばですが
忙しい朝に
子どもが飲み物をこぼして
イライラしたことのある
お母さんは多いのではないでしょうか

 

これも
違う視点で見れば
「掃除ができて良かった」
「こぼれたもので火傷せず良かった」
「これからは気をつける経験になった」
と、考えることができるのです。

 

切羽詰まったときに
そのように考えるのは
難しいですが
練習を積んでいると
違う視点で考える習慣が身につきます

 

先日も
お好み焼きを作ったのに
お好みソースがなくポン酢で食べてみたら
意外と美味しいということに気がついたり

 

熱が出たら
健康のありがたさが身に染みることを知り

 

停電になったら
電気のありがたさに感謝したり
「キャンプ用ライトもいいじゃないか」と考えたり
そんな風に視点を替える

 

本当は
育児を楽にするために始めた
「違う視点から物事を見る」という手法なのですが

 

現在は
仕事でも
プライベートでも
立ち直れないほどにつらいことがあったときにも
止まらぬ涙を押さえながら
「この問題の抱えている、ポジティブな視点は何があるのだろう」
と、瞬時に考える習慣が私にはあります。

 

***

 

今日は
地域の集団療育「いちごの会」でした。

いちごの会は、島根大学の原広治教授(多分もっとすごい正式名称の肩書があるはず)が約25年前に立ち上げた、心身障害児の地域療育活動総合援助事業です。

※月一に行われる「いちごの会」に、我が家も参加し始めて早10年が経過しました。常連です。

 

今日は
その療育活動の中で
私の不注意から
私自身が怪我をしてしまいました。

 

申し訳なさそうなスタッフの皆さん。
もちろん私も、怪我はしたくなかった。

 

けれど
みんなで悲観的に考え
楽しいはずの会を
「失敗」のように捉えることほど
時間がもったいないものはない。

 

瞬時に楽観的に考えればいいのです。
「怪我をしたのが、私で良かった(子ども達でなくてよかった)」
「怪我が足で良かった(手だったら仕事ができなくなる)」
「ニュースになるようなことなど、何一つ起こっていない」

 

どのような問題も
ネガティブな側面とポジティブな側面の
両方があります。

 

どうせ同じ時間をすごすのならば
できるだけポジティブな側面を意識したほうが
生きるのが楽になります

 

わざわざ
ネガティブな面に注目する必要など
どこにもありません。

 

***

 

加えていうと
少子高齢化や働き手不足の問題で
公的セーフティネットワークが崩れる中で
こうした私的セーフティネットワークが顕在することは
私たちマイノリティ一家にとっては
ありがたいことでしかありません

 

助けれる人が
身近な困っている人を助ける
これは障害の有無にかかわらず
当然のこととして
これからの子ども達が生きる未来に
拡充して欲しいと思っています。

 

***

 

家に帰ってから息子が
「ママ!ぼくコウモリみたよ!猫と同じくらい可愛かったよ!」
「あと、いのししの骨みたよ!牙はなかったけどね!」
「ママ!僕、知らない人と一緒に頑張ったんだよ」

 

こんな可愛らしい言葉を聞けたことや
娘がパニックにならなかったこと
それもまた
我が家にとっては
素晴らしい出来事のひとつです。

 

学校では集団の活動ができない息子にとって、小さな療育活動の体験は、いつかきっと彼の糧になるはず。また、「いちごの会」のような小集団活動でも、みんなと同じ参加方法がとりづらい娘も、みんなの近くで臨場感を感じながら過ごすことに、大きな価値があると、私は考えます。

今日はここまで!

 

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