【インクルーシブ教育】全く足りてない体験談による課題と解決策

こんにちは、さおりと申します。

私は、自閉症児2人のひとり親をしています。

👧2009年生まれの特別支援学校に通う、自閉症の女の子
👦2011年生まれの特別支援学級に通う、自閉症の男の子

普通のお母さんの私が、また大それたテーマを持ってきてしまいました。でも実際に自閉症児を一人で育てながら、色んな環境や色んな場所、人に関わらせてもらって思うんですよ。インクルーシブ教育って、結構聞くようになったけど、まだまだ浸透してない。浸透してないというよりは、機能していない。

 

インクルーシブ教育とは障がいのある子もない子も共に教育を受けよう!という考え方で「共生社会の実現」に向けて貢献しようという制度です。 その共生社会の為に、次の3つを主張しています。

・障害者が一般的な教育制度から排除されないこと

・自分が生活している地域で初等中等教育の機会が与えられること

・個々人に必要な合理的配慮が提供されること

 

我が子たちは2人もインクルーシブ教育を取り入れた幼稚園に通っていて、その時に多くの助けの恩恵に授かったにも関わらず「なんだか惨めだなあ」と思ってしまうことも多々ありました。で、あれから10年近くたち、世の中は恐ろしいほどに進化を遂げたのに「インクルーシブ全く浸透してなくない?!」と思っている私がいて…インクルーシブについて話をしたくて筆を執りたいと思います。さっそく行ってみましょう。

インクルーシブ教育、全く足りてない

娘がインクルーシブ教育をいち早く導入した幼稚園に入園したのが2013年。それから8年が経とうとしており「インクルーシブ教育」という言葉を認知する人は若干増えてきましたが、とても浸透しているように思えないんですよね。

 

インクルーシブ教育って要は「どんな人もここに居て当たり前なんだよ~」って考えでして「ここにいるのが難しいのなら、サポートしてあげなくっちゃね」って考えなんです。

 

実際に娘と息子が通った幼稚園はインクルーシブ教育導入をしていて(当時、うちの自治体では珍しい)、1クラスに20~25人の定型発達児と、5人の障がいを抱える子が混在していました。大人は担任が一人(年少の時だけ副担任あり)と、支援児に対する加配の職員が5人の計6人。障がいのある子には、1対1で大人が関わっているという形です。

 

周囲からは「助かるね~」「すごいね、最先端だね~」と、当時は言われていましたし、確かに助かってはいました。助かる以外、なにものでもないですが…反対になぜか排除された感じや孤独感も感じていたんですよね。なぜ、孤独感を感じたのかを数年経過した今、冷静に考察してることにしましょう。

 

おそらく、自閉症の娘や息子を特別に加配の教員をつけて、同じ教室に居させてあげるって考え方のみが先行していて、娘や息子の過ごしやすい環境を作るって言うことはされていなかったんですよね。本来のインクルーシブ教育っていうのは「本当は、ここに居て当たり前の子、その子が居辛いのならサポートが必要だね」という据え方のはずなんです。

 

過ごしやすい環境を作られるどころか、娘も息子も苦しいときが多く、そのことで私まで孤独になってしまうインクルーシブ。確かに加配の教員も担任も頑張ってくれてはいたんですよ。なのに、なんであんなにも孤独感や排除感、そして子供達はパニックの連続だったのか…。どこでボタンを掛け違えたのか…。

 

それはやっぱり日本に根付いた風習を変えていくのは難しいっていう問題があると思うんですよ。多国籍じゃない日本人だらけの日本では「えこひいき」と「サポート」の違い曖昧な人が、私を含めて非常に多い。えこひいきは良くないこととか、えこひいきしたら平等じゃないとか思ってる人がとても多い。そう、えこひいきは良くないのだけれど「障がいを抱える子へのサポート」と「えこひいき」は全く違います。

 

例えば、海水浴に行くときに日焼けしやすい人と日焼けしにくい人がいたとして、日焼けの後遺症が酷い人や日焼けしてしまいやすい人に対してサングラスや帽子、日焼け止めを提供するのはえこひいきじゃないですよね。サポートです。

 

だから、見た目には分からないのだけれど自閉症という障がいを抱える娘や息子たちに安心できるグッズを持たせたり環境を提供するのはえこひいきじゃなくてサポート。そうなのだけど「みんなと同じ状況で、みんなと同じ環境下でいようね。出来ないなら加配の先生がパニックの対応するよ」っていう状態だったなあ、と振り返ってみて思います。まあ、導入されたばかりなのですべての人が手探りだったんですけれどね。

 

新しい制度が、浸透するには時間が必要なんだよねと思っています。でも、出来るだけ早く実現していこうよ~とも思っています。

インクルーシブ教育で期待されていること

 

インクルーシブ教育で期待されているのは以下のような効果です。

  • 障がいのある子にとってインクルーシブとは”]定型発達の子達に混ざる事でコミュニケーションスキルや社会性の向上が期待できる
  • 定型発達の子にとってインクルーシブとは”]障がいのある子と自分達を分けて考えたりしない(ネガティブな意識の改革)が出来るようになること

 

インクルーシブ教育はいわば、これからやってくるであろう日本の国際化への架け橋的役割。人種や文化の多様性を受け入れざるを得ないダイバーシティへの重要なきっかけでもあります。

 

外国の人や、異文化が入り混じる事に期待する声は多いんですよね。でも「障がいも個性」と捉えてくれる人はまだまだ少ない。それを批判しているわけじゃないんです。だって、そうなってしまったのにも理由があるはず。それは障がいを抱える人に関わるチャンスがあまりにも少ないということや、障がいに関する知識を学ぶ機会がない状態で大人になってしまったからなど理由は様々。

 

そうした現代の状況を踏まえたうえで、今を生きる子どもたちもそうした環境で大人になってしまえば、障がいのある人に手を差し伸べていいのかどうか分からない。または、どう差し伸べればいいのか分からない人になってしまうということ。そうなれば、また知識が無いが故に障がいを抱えた人を「かわいそうな人」「出来ない人」としてとらえて成長してしまうんではないでしょうか。

 

これらが、インクルーシブが浸透しない要因なのではないかな~と思っています。

みんな、同じクラスに在籍して完了~!は、勘弁~

インクルーシブ教育にはめっちゃ賛成なのですが、幼稚園時代のように「みんな同じクラスに入れて、加配の先生付けて完了~」とだけはしないで頂きたい。

 

なぜなら、親としても辛いんです。「ついていけないようなので、この行事には参加を控えて貰えますか?」「今回は参加が難しいようです」なんて言われてしまうことの排除された感や孤独感がどれほどのものか…あれはもう体験したくない。私にとってもつらかったですが、子どもにもそうした経験はさせたくない。それに、宣告する側も胃が痛いくらい辛いはずです。でも宣告する側は無事いい終えることが出来れば胸をほっとなでおろすだけかもしれませんが、宣告された側は長きに渡って胸を痛めるんです。

だから、インクルーシブ制度の導入が結果として辛いものにならないように変わって欲しい。出来ない子に対して「それじゃあ、どんな工夫をすればいいのかを考えましょう」って次の一手を考えることが大切ですよね。

世の中の多様性受け入れが可能になれば、全ての人が生きやすくなる

そもそも、多様性の受け入れってこれからの日本にめっちゃ大切なことのひとつ。だから「ひとりだけ違う行動をとってはいけない」とか「自分の意見を押し殺してまで周りに合せないといけない」とか、そんなこといちいち気にしていたら苦しすぎます。

 

とはいえ、好き放題いきることを推奨してるわけじゃなくて(どっちやねん)「他人の意見も、自分の意見と同じく貴重なもの」だと思ってあげれるような考えが何よりたいせつなんじゃないかな~と思っています。

日本のインクルーシブ教育のこれから

 

日本のインクルーシブは、先進国の中では遅れています。先進国の中では、支援学校や支援級が存在しない国がほとんどです。なぜ、そんなことが実現できるのかというと、やっぱり環境。諸外国では、1つのクラスが小人数制の上に、ボランティアや支援職員が複数混在している状況です。日本の30~40人の学級に担任一人なんて、インクルーシブ導入していないくても担任に負担がかかり過ぎ。学校の先生の労働問題も課題になっていますね。

 

日本のインクルーシブの課題は「予算、知識、人員」この辺り、整えることかな~と。経済の発展に併せて、全ての人が生きやすい国になって欲しいな~と思うばかりです。

 

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