弱音について考えてみよう!「弱音」を理解できる人になりたい。

近日、メンタルがボロボロでTwitterで弱音を吐きました。

 

最初に今回一番伝えたいことを言っておくと「弱音を吐いた人に一番やってはいけないことは正論」です。

 

近日、いろいろありまして「弱音」をインターネットの大海原に吐き出してしまったときのことを、深掘りして考えてみました。

 

今日は、「弱音」について「人は何故、SNSに弱音を吐き出すのか」についてと、「弱音への対応」について、私の考えを書き綴ります。

人は何故、SNSに弱音を吐くのかを考えてみた

人は、何故SNSに弱音を吐くのだろうかと考えていたら、リアルに吐き出す場所がないからじゃないかなと思いました。

 

例えばですが、次のような方々も弱音を吐かずに我慢した結果として、難を逃れられなかったのではないでしょうか。

  • ブラック企業で働く人がうつ病になるケース
  • いじめにあっていた子が不登校になるケース
  • 体の不調をギリギリまで我慢した高齢者が、大事になってから発覚するケース

 

他にも、キャバクラやスナック、ホストクラブに通い詰める人、必要性もないのに病院に頻繁に通う高齢者。中には本気でその場を欲している人も要るとは思いますが、その根底には寂しさやつらさといった「聴いてほしいこと」を弱音として受け止めてくれる何かを求める人も多いのではないでしょうか。

 

「そんなの、家族やパートナー、何でも話せる友人に言えばいいのに」と思うかもしれませんが、言えません。

 

どれだけ信頼している家族や知人がいたとしても、自分の全てを見せ弱音を吐くことを躊躇する。

 

なぜだと思いますか。
家族とはいえ、分かり合えない他人だからではありません。

 

大切な人だからこそ、話すことが出来ないのです。

  • 心配をかけたくない
  • 揉めたくない
  • 一番理解して欲しい人に理解して貰えず、自分が傷つきたくない

心底大切な人に対しては、そうした思いが働くものです。

 

そんなときに、キャバクラやスナック、ホストクラブほどお金がかからず、病院のように通う理由も求められないSNSに弱音を吐くのは、今の時代の当たり前の流れなのでしょう。

SNSに弱音を吐くリスク

SNSは、オンライン上の繋がりなのでオフラインで会うよりも気を使わなくていいし、共感や励まし、応援を貰えることもある素晴らしいコミュニケーションツールです。

 

その一方でリスクとなるのが、以下の2点だと感じました。

  • アンチリプライ・罵倒(クソリプって呼ばれてるやつです)
  • 正論

 

アンチリプライ・罵倒は理解出来るけど、「正論?!」って思った方いるでしょう。

 

私はディスカッションするのは好きな方です。自分が考えた意見を発表するのも好きですし、ちゃんと自分の意見を言える大人な人も好きです。

 

ですが、どんなに正しい考えだとしても、発言を控えるべきときがあります。中でも特に、弱音に対して言ってはならないのが「正論」です。弱音が求めているのは、共感や励ましのメッセージ。正論は、心が元気になってから伝えてあげれば充分です。

 

私はツイートを活用して、主に育児をする上での社会的意見を発信していますが、先日弱音を吐きました。

 

それは、自閉症児の娘が精神科病院に入院していたときに、これからの暮らしの提案として医師から「母子分離」を提案されたことが自分にとってキャパオーバーで心が弱ってしまったためです。

「娘の生きる力をつけるため」に、娘を宿舎に入れ離れてくらすこと。近くの宿舎に空きがないため「遠くの学校に転校」にもなります。大きくなればなるほど、自分を変えることは難しくなるから、できれば「今」のタイミングでの母子分離をと、医師からの提案。

 

「自閉症児育児は大変なんだー!制度が足りてない!」と叫びながらも、18歳までは一緒に暮らすのが当たり前だと思っていた私に、「今後の娘との人生を別々で過ごさないか」という提案は衝撃が強かった。

 

それを弱音として吐いた、私に帰ってきた「正論」は本当に辛かったな。次で解説します。

私の吐き出した「弱音」について

なぜ、私はTwitterに弱音を吐いたのかというと、大切な人たちに相談することを躊躇する人たちと同じように、吐き出し口を見つけられなかったからです。

 

医師の「母子分離の提案」は、11歳の娘とあと数年は一緒に暮らしたいという私のエゴと、娘の人生に関わる選択に窮地に立たされた気がしました。

 

何を選ぶのが、この子にとって一番いいの?
この子の気持ちを知らない私がどうやって?
どちらへ進めば正解となるのかだって、現段階では誰も分からない。

 

悩むし、苦しい。

 

数か月の離れた生活じゃない
きっと、このあと一緒に暮らすことはないかもしれない。
娘のことを愛している私が、娘と離れる決心を自分でするの?

 

まだ11歳なのに、早すぎる自立と早すぎる育児の終わり。

 

離れて「生きる力」を付けた方がいいことくらい分かってる。
医師の提案と同じように、支援関係者がその意見に納得しているのも理解している。

 

でも、まだ求められたことも少ないのに、もう自立なの?
まだ、一緒に行きたい所もやりたいことも山のようにあるのに、もう自立なの?

 

苦しすぎる。

 

この気持ちを、Twitterで弱音として吐いてしまいました。

 

やっぱりここで思ったのが、人が弱音を吐くときに良くしているのは共感です
「頑張れ」
「分かるよ」
と誰かに言われたかったんです。

 

このとき、私をさらに窮地に追いやったのが、反論や罵倒ではなく「正論」でした。

 

反論や罵倒は、無視すればいいのですが、正論は違います。

 

私の場合「親なんだから」という正論に苦しみました。「親だから、あなたがその悩みを決断するのは当然のこと」と、それ以上の悩みを抱える人はいっぱいいるかのように、小さな悩みとして取り扱われる苦しみ。

 

弱音を吐く人の多くは正論など重々承知し、その上でどうしようもなく弱音をはいているんだから、そこへ改めて正論は厳しいものがあります。

 

誰かにとっての甘えた考えが、私にとってはキャパオーバーだったのです。そうしたことは、私に限らず誰にでもあります。自分が簡単に乗り越えれることが、他人にはとても苦しいこととなることなんて、この世に山のようにあります。

 

そんなときに、ギリギリになるまで弱音を吐かずに、心を潰さないで。弱音は吐くものだし、吐き出すべきです。

 

「みんな、もっと大変なことで我慢している」なんて思わないでほしい。

 

心身共に元気な人にとっては、そこに寄り添うことくらい簡単なことでしょう?

弱音に「大人な対応」の出来る人になりたいと思った

弱音に「大人な対応の出来る人間でありたい」、そのように思います。

 

「苦しみ」は人それぞれですし、比較できるものではありません。それに、大半の人間は本当に弱いです。普段大口をたたいている人も、実はとても弱かったりします。

 

例えばですが「いつ死んでも悔いはない!」と言っている高齢者が、コロナにとても怯えている姿をここ1年でとても多く見てきました。職場では明るくて強くて仕事が出来る「強気」で通っていた同僚が、単身赴任でどんどん弱っていく姿も目にしたことがあります。

 

調子がいいときに強気でいることは当然ですが、調子が悪くなったときに弱気になることだって当然のことです。それほど人間は弱い生き物なのです。

 

だったらさ、どんなにその分野で知識や経験を持っていたとしても、弱っている人には寄り添える人間でありたい。だって、強くなるその過程には、誰しも弱さがあったわけだから。

 

傷付いて、弱音を吐いて、みんなに支えられて、やっと人は少しずつ強くなっていくものです。だから弱ったときは、成長中、または強くなるまでの経過途中。

 

弱音くらい理解できる人になりたい。
今日は、ここまで!

 

レスパイト入院についてや、娘の入院経緯については以下記事に詳しく書いてあります。

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