福祉制度の充実している日本|全く制度の届かない障害者家族の我が家

「日本、終わってる」
「先進国の中でも日本は遅れをとっている」

 

などと耳にすることも増えましたが、日本はまだまだ制度が潤っている先進国だと思います。

 

医療費も安いし、福祉も充実している。
ひとり親の私と自閉症の我が子達3人で、貧富の差が激しい国で暮らしていたらと思うと、ぞっとします。

 

しかし、その多くの福祉制度は、私たちが本当に困っているときに届くことは少ないもの。

 

特に、夜間や連休などに、助けを求めることができる場所が私にはありません。その実情を、自閉症児2人の母親である私の視点からお伝えしたいと思います。

福祉制度の多い国日本

日本は福祉制度がとても多い国です。

 

介護施設の空きがない、障がい者の施設や、障がい児の放課後デイサービスに空きがないとは言われていますが制度自体はとても多い。そのため、福祉の雇用や福祉施設は世界全体から見渡すと数多く存在している、制度で潤っている国なのです。

 

福祉関係の手続きは、特に提出書類が多いし、面談も多い。書きあげた書類は、何人かの手を経て私の知らない場所で承認されている模様。仕組みがとても複雑だなと感じ、福祉関係で働く人や、その仕事量の多さが伺えます。

 

実際に我が家がお世話になっている福祉は

  • 娘と息子、それぞれの通学の付き添い(送迎)
  • 娘の特別支援学校・息子の特別支援学級
  • 娘の関わる放課後デイサービスが4か所
  • 息子の関わる放課後等デイサービスが3か所
  • 娘と息子の相談員

 

国民健康保険と同じように利用上限額があるために、これほど多くのサービスを利用しても支払いは毎月ほぼ一律。非常に助かってはいます。(ただ、その裏で動いているお金(税金)の報告書を見ると驚きを隠せませんが…。)

 

とにかく、日本には多くの福祉制度・福祉事業所があります。そこで雇用が生まれ、国の経済に大きく関与しています。

福祉制度は「生活弱者のためだけではない」、その理由とは。

ここで、考えたいことがひとつ。実際に、日本に数多く存在する福祉サービスは「誰のために作られているのだろう」ということです。もちろん、福祉サービスは生活弱者を救うためであることが大前提のはずだし、そこで働く「障害者を助けたい」「障害者のために」と、そこで働く人たちの気持ちに嘘はありません。

 

ただ、障害者の暮らしは24時間止まることはありません。それにもかかわらず、一般的なフルタイムと言われる就労時間に合わせたサービスばかりが作られ、それ以外の時間にサービス利用者の真の苦しみの声が届くことが限りなく少ない。

 

厚生労働省は日本全国の立派な福祉施設の建設に、多額の建設費を税金から支払います。そこで働く職員の給与や、その関係手続をする公務員の給与も支払っています。莫大な税金の使い方や、その仕事内容がこのままでいいのかも考えたいところ。

 

たとえば、福祉サービスを利用するためには、手続き・面談・押印・書類契約と非常に多くの時間と手間を要します。紙の書類で提出をするということは、その紙の書類(データー)をパソコンに入力したりファイルに綴じたりする仕事を担う人がいるわけです。

 

逆の方向から考えれば、その仕事をする人達さえ働かないでいてくれれば、多くの時間や手間暇といった負担を軽減できます。今や、メールで送信やプラットフォームへの直接入力や、チャットやzoomを活用した面談で直接会ったり、手書きを繰り返す必要があるとは思えません。

 

公務の仕事を奪いたい訳ではありません。そうした仕事は純利益の追求が必要でないために、税金から給与を得ているはず。税金の無駄遣いと言いたい訳でもありません。むしろ逆で、税金で給与を支払ってもらえるのならば「同じ給料をもらってもいいから、働かないでほしい」と思うこともよくあります。

 

その人たちが行う公的業務が私たち障害を抱える子の親の負担を減らすならば、私たちはもっと働くことが出来る。ひとり親の私にとっては、働くことは死活問題です。酷い言いざまですが、時間に追われている私は常々そのように考えてしまいます。

実際の我が家|制度が届いてない部分が多い

実際に我が家の実情をお伝えしましょう。

 

我が家は、ひとり親であるシングルマザーの私と、特別支援学校に通う娘、地域の学校の特別支援学級に通う息子の3人で構成されています。3人がそれぞれに、国の制度の恩恵にさずからなければ暮らしていくことが出来ません。

 

そのため、支援者の方々には本当に感謝しています。しかし、ここでも私たち家族が困っている量と、支援者の方々の助けたい気持ちや理解の間を埋める制度が全然足りていません。

 

近日の、私の困り感をTwitterで呟いたので、紹介します。

 

 

娘がパニックになり私の手がちぎれそうな程噛み付き暴れて、それを見た息子が私を守ろうと娘に手が出て、家の中は流血だらけ。娘が泣き叫ぶ中、児相に電話して「今夜ひとり預かってもらえますか」と聞いたら「今、連れてこれます?お話聞きましょう」と。連れて行けないのよね。落ち着かないと…

 

 

また別の日には…

 

 

昨夜、自閉っ子2人同時のパニックを4人の警察さんが沈下させてくれた。壮絶で死にたいとまでは思いませんが、母親業を一旦保留にしたい気持ち。母業約12年、経験値は充分のはず。けれど、昨夜のようなことがある度、経験値強度なんて一気にぶっ飛びます
障害児の親として、福祉の一味になり感じるのは、問題発生後にばかり心配される事。精神問題を抱えてるから問題が起こるのは常日頃予想が出来るはずなのに。諸外国の障害児情報耳にすると、母子共に選択肢が複数あり、社会の豊かさが伝わる。障害者だから、仕方ないでは息が詰まるよ。子ども達が大人になる頃には風通しの良い時代となりますように。

 

我が家を取り巻く福祉関係者の方々は、一生懸命に要望に応えるため仕事をされてるだろうし「障害のある子の力になりたい、その家族に寄り添いたい」と考える支援者の言葉に嘘はありません。善意の優しさで心からそう思って働いてくれています。

 

しかし、利用者家族が自分たちが想像する以上に苦しみにもがいていることを、リアルに理解できている人は多くはないはず。

 

与えられた仕事を熱心に取り組む人は見かけますが、制度を変えようと行動を起こしてくれている人はあまり見かけません。自分の暮らしや仕事で手一杯でしょうし、そこまで手が回らないしエネルギーもない。それならば、制度やサービスを作る段階で働いている行政の方たちはもう少し、障害者とその家族の暮らしに寄り添って考えていくべきだと、私は考えます。

 

障害者がいてくれなければ、仕事を失う人も多い日本の福祉業界。日本には、300万人の身体障害者、50万人の知的障害者、200万人の精神障害者がいて、彼らが日本の経済を大きく動かしてくれています。

 

虐待やうつ病、家族心中などは、心が意地汚いから起こるわけではないと感じています。ひとりの人に降りかかる責任の量が、その人のキャパシティを遥かに超えたから起こってしまうケースだってあります。(その方が多いのかも)

 

制度を変えていくために、声をあげれるとしたら、まだうつ病になっていない私ではないかなと思いツラツラと書いてみました。

 

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