【2020特別編】トリオタイムズ|私が1年間してきたこと

定期的に発行しております、トリオタイムズの「年末特別篇」。今回は親子としてのトリオのことではなく、母の個人的な1年を振り返っていきたいと思います。

 

私はしがないひとり親でして、障がいある子を2人育てています。じつのところ一人で「稼ぐ役」と「世話をする役」をこなすということに限界を感じてました。

 

世間的には「ひとり親」や「障がい児の育児」って「可哀そう」「大変そう」と言われますが、一体何が大変でどういった支障があり、どんな生活をやりすごしているのか。

 

いまや「ひとり親」も「発達障がいの子の親」も珍しくはないのですが、実際にやってみたことがない人からすれば想像もつかない人達だと思うんです。私も体験するまでは、こんなにも大変だとはまったく知らなかったので、一人の親として個人的な体験を記しておきたいと思います。

2020年の1年間は成長そのものだった

まず前提ですが、私は現在「webライティング」をしながら在宅で生計を立てています。

 

在宅で仕事などといえば「自由」のイメージですが、まったく違います。朝から晩まで余暇時間をライティングに全力投下。ただ時間に融通が利くようになったことで「自由の定義」が変りました。

 

長い時間をパソコンの前で過ごし「ライティング」をしたり「次はどんな仕事を繰り広げていきたいのか」と構想を練ることにとても自由を感じています。時間がないのに自由を感じるって不思議な感覚ですよね。

2020の年表

なぜ、webライターになれたのか。そして、なったのか。わかりやすく年表にしてみましたので、興味のある方はご一読ください。

在宅の仕事関連 生活環境
1月 毎日ヘトヘトになりながら、外に働きに出ていた
2月 ・子宮頸がん円錐切除術をする(2度目)
・すぐに仕事に復帰したら、傷口が開き再手術
・体も弱る
・2月末まで休みを貰う
3月 1月前に初めて放置していた
・ブログ
・Twitter
真面目に運営してみる
・体調が優れない日が続く
・有休消化をして退職することを決意
4月 ・もともと執筆が好きだったので
ブログが楽しくなる
・Twitterも仲間ができ楽しくなる
・雇用保険受給待機期間
5月 ・体調が優れないけれど、何か頭を使わないとヤバいと思い、ブログを継続して書き続ける
・「そうだ、プロブロガーを目指そう」と思う
・雇用保険受給待機期間
6月 ・雇用保険受給待機期間
7月 ブログの広告でで収益発生 ・雇用保険受給開始
8月 ・雇用保険受給中
9月 ブログ運営は軌道に乗らず失敗の連続だけど、書くことは苦痛ではない日が続く ・雇用保険受給中
10月 ブロガーをあきらめ「webライターになりたい」と思った矢先
毎日書き続けていたブログを読んでくれた方にライターの仕事を貰う
・雇用保険受給・コロナ禍により延長(ライティング業務報告済み)
11月 3か所より
継続ライティングを請けることになる
・雇用保険受給・コロナ禍により延長(ライティング業務報告済み)
・就職応募した先の、編集業務よりテストライティングまでこぎつける
・テストライティグ後「雇用」ではなく「業務委託」でもいいよと言って貰える
・別の発注業者にもライターの継続請負を貰う
12月 ライターを継続しながらビジネスアイディアと社会貢献を思いつく ・雇用保険受給(コロナ禍により延長)を辞退しライターとして個人事業主となる

2020年の生活費に関しては、運が味方してくれました。

 

  • 子宮頸がんの手術に関して任意でかけていたがん保険から保険金を受け取った(2か月生活できるくらい)
  • コロナ禍により国民一人につき10万円もらった(我が家は30万円)
  • コロナ禍により、ひとり親に給付金が支給された(我が家は8万円)
  • 雇用保険を受給できた(約4ヶ月間)
  • 10月~12月まで継続的にライター案件を受けることができた(まだ、カツカツの生活ですが右肩上がり)

 

これは全部ラッキーとしか言いようがありません。

 

「1年間、仕事もしないで遊んでたの?」と思われそうですが、手術後結構な出血や寝たきりで体力も失った後の育児はなかなかのもの。それだけでなく、手術以前から多くのことが心身ともに限界でした。

 

仕事を辞めたことを機に「次の働き方」「次の生き方」を本気で探してました。しかし上手くは行かず、日々思い悩んでましたw

ライターに関して

お金に関して運が味方してくれたと伝えましたが、ライター案件も運が味方してくれました。

 

めちゃくちゃ有能な女編集長の元で指導して貰いながらwebライティング出来る環境に恵まれました。これには感謝しかありませんし「幸運」以外の何者でもない。しかしなぜ、私が彼女と繋がることができたのか。それはやっぱりブログを書き始めたことにあります。

 

以前からライティングは大好きで、日記を書いたり、地方新聞のコラム蘭に投稿したりしてはいました。子育てブログも始めたいなあと思いつつ、時間がないことを理由に諦めていた矢先、病気によって私に時間が出来た。よってブログを開始します。

 

書くことは楽しかったですが、まあウェブ上の記事というのは難しいことなんのって…というより、私の記事の下手なことこの上ない。「どうやったらうまく書けるんだろう」と日々考えながら「そうだ、とにかく書いてアウトプットだ」と思ったり「プロを真似よう、プロに学ぼう」と思いYouTubeで学んだり、ブログを読み漁ったり。そうこうしているうちに編集長のブログにたどり着きます。

 

ブログを始めなければ知ることもなかった、編集長の存在。そんな彼女に問い合わせをしたことで全てが動き始めます。

外での仕事が限界だった

「ひとり親×自閉症2人の育児」は精神的にも体力的にもギリギリの綱渡りのような毎日なので、日々のお世話だけ(食事、風呂、学校の準備、パニック対応、ドライヤー、寝かしつけ、その他家事)になってしまいがちで、まったく子どもと関われてないし向き合えてない。

また、40を超えた私が「大黒柱役」を担っていることに限界を感じていました。子どもとの暮らしも、自分の人生も充実させることができていない私は一体何をしているんだろう。

お母さんの生き方

私はもともと好きなことを見つけるのが得意で、楽しく暮らすのがとっても得意だったのにな…育児と労働と家事に追われて、毎日くったくったの顔をしてどうしちゃったんだろう。「昔の私に戻りたい」と思うこともありました。

 

戻ったところで、可愛い我が子達はいない。だったら、戻るんじゃなくて「子育てをしながらイキイキとする私」に変わるんだ。

 

そのためには「子育てをしながらでも出来るスキルを身につけないと、好きな仕事もできないし、時間労働にしがみつく人間になってしまう」でも、私はもう40越えだと焦っていました。

 

何をすればいいんだろう、何を始めればいいんだろう、育児をしながら積み重ねれるスキルってなんだろう。

 

今でも人にアドバイスできるほどには分かっていません。でもとにかく、自分が夢中になれる好きなことを見つけたいし、そのことでお金も稼ぎたい。そして社会貢献が好きだった私は雇用も生み出したい。それが出来れば最高なのになと思っていました。

 

でも今は、webライティングの仕事や、このブログ「特別支援の本棚」がそれにあたると思います。書くのが楽しく、どうすれば私と同じ支援児ママを元気にする文章に出来るのかを考える。ライティングのお仕事も同じように思っています。時間を忘れるほど夢中になり、気が付くと昼ご飯も食べずに子どものお迎えの時間が来ているなんてこともあります。そして、ライティングが以前の時給を超えたときに「これだ」と思いました。

お母さんの役割

私は「障がいある子のお母さん」です。支援の知識もないし、きっと間違った育て方をしていることもあるでしょう。でもきっと、子どもがお母さんに求めるのは「正しい育児」ではなくて「お母さんが笑っていること」「お母さんがイキイキとしていること」それに尽きると信じています。

 

子ども達も、社会の中での暮らしや学校や放デイを頑張っている。だからこそ、子どもには胸を張って誇れる生き方をしたいし、そういう姿を子どもに見せたい。そんな風におもっています。

個人事業主として

ひとり親が個人事業主になるのは、メリットがある反面デメリットもあります。「育休」「有休」「社会保障」のどれをとっても不安定でしかない。企業というのは社員を守ってくれます。仕事で大きな失敗をしてもクビになることなんてほとんどない。個人で大失敗してしまえば、それは仕事を失うことと直結しますので綱渡りですよ、本当。

 

攻めの生き方を

コロナ禍ですよ。こんな時代だからこそ攻めの生き方、攻めのキャリアの積み方をするチャンスなのだと思います。私自身もそのローモデルとなりたい。

 

稼いで、余るほどの裕福な暮らしがしたいんじゃないんです。もともと物欲は少なくて、ひとり親になるべくしてなったような人です。クローゼットなんて「男以下?」と思うくらい服もカバンも靴も少ないです。

 

自分でお金を生み出すようになってからは、さらに物欲は低くなりました。その代わり「もっとお金を稼いで、社会にも活用したい」「子育てで思い悩んで、泣いているママのいない社会にしたい」という思いが生まれました。こんな素敵な感情が自分のなかに生まれて嬉しいです。

 

障がい児のお母さんの働きづらさや孤独さも解消したい。これが一番の思いかもしれません。

 

私は2020年初頭の病気を機に、ヘトヘトだった毎日が更にヘトヘトになりました。でもそのことで個人事業主としてお金をかせぐことができるようになったんですよね。もう少し稼いで最低限の生活が安定してきたら、今度は余ったお金を誰かの明るい生き方や働き方の提案に使えればいいなと思っています。詳しくは年明け少ししてから発表してきたいと思います。

 

一緒に何かできる方がいたらぜひやりましょう。
一人でやることって限界があると思うし。こんな私ですが今後ともよろしくお願いいたします。

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